二週間の恋人(14)

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13話

 職員室での作業を一通り終えた後、要はいつもどおり、数学準備室へと向かった。扉を開けると、がらんとした部屋が広がっていて、思わず入るのを躊躇した。

 教育実習が始まる前は、これが当たり前の光景だったはずだ。俊平がいるのが、たった一週間で当たり前になってしまうなんて。どれほどあの男は、ここに入り浸っているのだろう。

 自分のことは棚に上げて、要は苦笑し、自分の城ともいえる準備室に足を踏み入れた。今日の放課後は、一人だ。コーヒーを淹れたマグカップを片手に、デスクに着くことなく、真っ直ぐに窓際に向かった。

 眼下のグラウンドでは、サッカー部の少年たちが活動していた。冬には外で活動できなくなる彼らは、今、限られた季節を必死に、追いかけるように練習に励んでいる。

 窓を開けると、風とともに少年たちの声が聞こえてくる。その中には、彼らの声よりもはっきりと通る、低い男の声が混じっている。

「ほらー! そこ、ちゃんとボール見ろー!」

 今日の俊平は、部活動に駆り出されていた。要がいまだに筋肉痛に悩まされているのに、俊平は元気なもので、笑っている。思わず、若いっていいな、と呟いていた。

 ずっと見つめていると、背の高い男がぶんぶんと手を振っていた。ここは三階で、グラウンドとは結構な距離がある。まさか、見えているのか。カーテンで半分ほど隠れているというのに。

 青年の周りを、わらわらと部員たちが取り囲んでいた。俊平は、こちらを指さして何事かを言うと、生徒たちもまた、一斉に手を振りだした。せんせー、という呼び声もする。

 何か反応してやらなければ。要はぎこちなく微笑み、手を振った。わっ、と歓声が上がる。勿論、俊平が一番大きな声を上げていた。

「瀬川せんせー! もう部活終わるんで、そっち行きますねー!」

 俊平の叫び声に、要は恥ずかしくなって窓から離れた。学校では口説くな。好意を寄せている素振りを見せるな。もう一度、注意をしなければならない。

 そう思いながらも、要は自分の作業を進められなかった。サッカーに興じている俊平は、眩しかった。ある男を髣髴とさせた。彼もまた、サッカー部員だった。

 校長が「戻った」と言うのであれば、そういうことなのだろう。俊平に、これ以上心を許してはいけない。要は、恋をすることを自分に赦してはいけない。

 苦しい。胸が痛む。伏せた要の目には、卓上カレンダーが映った。六月は、あじさいの写真だ。

「ああ、そうか……」

 もう、今週末だったか。要はひとりごちた。忘れることなんて、どれほど忙しくても、今まで一度もなかったのに。

 指を組んで、その上に額を載せた。冷たくて気持ちが良くて、目を閉じる。しばらくそのままの状態でいると、背後で扉が開く気配がした。

「……せんせ? 具合でも、悪いんですか?」

 ふわ、と香ってきたのは、俊平の汗の匂いだ。土曜日のデートのときも、車の中で嗅いだ匂いだった。顔のいい男は、汗の匂いまでも洗練されているのか。

 熱気を伴った俊平の身体が、近づいてくる気配がした。大丈夫ですか、と大きな掌が背中に触れる直前で、要は勢いよく起き上がり、振り払った。

「……触るな。校内では、何もしない約束だ」

 理不尽だと、自分でもわかっていた。今のは性的なものではなく、要を気遣うものだった。

 驚いた顔をした俊平は、差し出した手を引っ込めて、快活な声を上げる。

「あー、先生! 今週末は暇ですか?」

 まだ月曜日なのに、俊平はそんなことを言う。要は首を、横に振った。

「残念だけど、朝から用事がある」

 残念、という言葉を使った自分が怖かった。要は俊平に背を向けると、「悪いけれど今日はまだ、仕事が残っている」と、ありもしない残業に逃げた。

15話

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