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<16話
「……そのつもりだった。俺も、陽介も」
東大に合格が決まり、要は上京した。刺激的な都会での生活に、時にはためらい、時には楽しみながら順応していった。
それでも、どこまでも真面目な学生だった要は、染まらずに学生生活を送っていた。講義をサボることもめったになく、「酒は二十歳になってから」を律儀に守っていた。
要の元に、同窓会の誘いのメールが来たのは、大学一年の夏休み前だった。
道内の大学や専門学校に進学する人間が圧倒的に多い中、要の同期は上京している人間も多かった。特進科も普通科も関係なく集まろう、という誘いのメールが、巡り巡って要の携帯にも届いた。
右も左もわからずに慌ただしく過ぎていった夏学期が一段落し、里心がついていた。メールを転送してきた友人が、クラスでもそこそこ喋っていた人間というのも、大きかった。要は主催者に、参加する旨のメールを送信した。
「行かなきゃよかった」
自身は飲まないが、他人にルールを強制するような、強い心は持っていなかった。ソフトドリンクを片手に、主に女性の話題で持ち切りの周囲の雑談に、曖昧に笑って相槌を打っていた。
要が進学した理科一類は三十五人クラスの中、女子は二人か三人しかおらず、ほぼ男子校と変わらない。同級生は彼女たちをちやほやしていたが、要は遠巻きにしていた。女性にどう接するべきかもわからなかった。
彼女が欲しいと思ったことは一度もなく、周囲でやり取りされる浮いた話に、要は乗ることができない。
しばらくすると、喋っている人間よりも、眠っている人間の方が多くなった。一滴もアルコールを摂取していない要は、介抱する側に回る。
ごろん、と寝ころんでいた青年の元に寄ると、足首をぐっと掴まれた。思わず、息を詰める。
起き上がった青年には、見覚えがあった。確か、彼は陽介と同じクラスだったはずだ。当時とは違って、派手な金髪と耳にはたくさんのピアスが嵌められていて、少し怖い。
『なにか?』
青年は、にやにやと笑いながら、携帯を取り出して要に画面を向けた。なんだろう、と覗き込んで、硬直した。その反応がいけなかった。
『これやっぱり、お前と笠原か』
懐かしい教室の写真だった。学ランの少年が二人、寄り添っている。画像は荒いが、はっきりと、彼らがキスをしていることがわかった。
顔は見えないのだから、しらばっくれればよかったのに、要にはできなかった。あの日の思い出を穢されたような気がして、腹さえ立ったが、何も言えなかった。
卑しい笑い声に釣られたのか、酔っぱらった同級生たちが近づいてくる。手元の携帯電話を覗き込んで、『え、これ、瀬川? 相手誰?』
などと大げさに騒いでいる。要が何も言えずに青ざめていると、彼らの多くはばつが悪そうに、要に言うのだ。慰めにもなっていない、要を傷つけるだけの言葉を吐き出す。
『ま、まぁホモなんて珍しくもないし、なぁ?』
『そうだな。あっちじゃ見たことなかったけど、東京なら、瀬川ももっといい男、漁り放題なんじゃない?』
華やかな都会で三か月暮らしたとはいえ、彼らの本質は、中途半端な地方都市で育った、偏見に満ちたものだ。気持ちが悪い、と直接口に出さない分別はあるが、言葉の端々に、差別の気持ちが透けて見えるのが、よっぽど気持ちが悪い。
そしてその性質は、要自身のものでもあった。同性愛者だと、思われたくない。要が好きになった男は陽介だけだったから、自分は違うと思いたかった。
「だから、俺は言ってしまったんだ。あのキスは、陽介に無理矢理されたんだ、って」
追い詰められて、逃げ道はそれしかなかった。自分の意志ではないのだと主張すると、同級生たちは、あからさまにほっとした表情を浮かべた。
>18話
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