二週間の恋人(25)

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24話

 スーツケースを引きずって、隣を歩く青年は、要を気遣っている。何度も「大丈夫ですか?」「休みましょうか?」と尋ねてくるが、そのすべてに首を振った。

 俊平はそれを、要が機嫌を損ねているのだと解釈して、右往左往している。

「俊平」

「はいっ!」

 生徒であればとてもいいお返事だが、今、要が求めているのは違う。

「あのな……照れてるだけだから。わかれ」

 自分の頬は、赤いに違いない。俊平は呆気に取られていたが、すぐに破顔する。

 取り直した飛行機のチケットは、午後三時頃に離陸するものだ。名残惜しく、ベッドの上でいちゃついていたら、結構ギリギリになってしまった。俊平を促して、機内に荷物を預けさせる。

 別れる前に、最後に要には、言っておくべきことがあった。恋人として、それ以上に、先に生きてきた人間として、伝えなければならない。

「あのな、俊平。進路はちゃんと、考えろよ」

 俊平は、要の言葉に目を瞬かせる。きっと彼は、何も考えていなかったに違いない。八年越しの片思いを実らせた喜びしか、感じていない。今は、それでもいい。

「函館に戻ってこようとしなくていいから」

「要さん?」

「俺は、成り行きで教師になった。今はそれなりに、責任感ややりがいも感じているけれど、本当なら、大学院で研究を続けるはずだった」

 真顔になった俊平は、一言も聞き漏らすまいとして、耳を傾けている。

 今の要に、やるべきことがあるのと同じように、俊平にも夢や目標がある。一途な彼のことだから、自分のために、その夢を諦めてしまうのではないか。そういう恐れがあった。

「お前はお前のやりたいことを、ちゃんとやるべきだ」

「せんせ……」

 もう先生じゃないぞ、とは、言わなかった。今、要は先生として話をしているのだから。

 自分で考えた末に、彼が聖明で教師をやるというのなら、否定はしない。むしろ、数学科の人間としては、戦力を歓迎する。

「俺を理由にして戻ってくることは、許さない」

 卒業までは、あと半年以上ある。大学院入試の準備も、彼のことだから進めているのだろう。

「でもそれだと、遠距離になっちゃいます」

「今更?」

 八年間「待て」ができた男だろう、と言うと、ますますしょげかえるので、要は笑った。

「……今度は、俺がお前のところに行ってやる。お前がどんな選択をしたとしても」

「え?」

「だから、我慢しろ。大丈夫だ。八年も待たせたりしない」

 俊平が東京に留まるのならば、要もまた、内地で暮らすつもりだ。すぐに退職はできないし、転職先も見つけなければならないから、困難だろうが、それでも要は、選ぶのだ。

「俺は、お前といる未来を選ぶと、そう言ったはずだ」

 その言葉に、嘘偽りは一切ない。そう言うと、俊平が場所をわきまえずに、抱きついてくる。おい、と引き離そうとしたが、感極まっている様子だったので、要は何も言わずに、彼の背を優しく抱いた。

 搭乗時間が、迫っている。名残惜しく身体を離した俊平の背に、「夏には!」と、要は叫んだ。

「夏には、俺がそっちに行くから!」

 手を振ると、俊平は満面の笑みを浮かべて、大きく手を振り返し、保安検査場のゲートをくぐった。

 ロビーの大きな窓には、俊平が乗った飛行機が映っている。エンジンが唸り始め、滑走路へとゆっくり動き出す。

 テイクオフ。

 空に向かっていく飛行機を、要は目を細めて、見送った。

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