二週間の恋人(5)

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4話

 四時間目は要も授業がなく、俊平にさせる授業見学もなかった。空き時間で彼は、さっさと授業見学の記録をつけていた。備え付けたポットを使い、お茶を淹れた要は、席に戻る前に後ろからちらり、と覗き込む。

 豪快そうな見た目にそぐわない、几帳面な可愛らしい文字が綴られていて、思わず吹き出しそうになる。

 要の気配を感じ取ったのか、俊平は振り返った。慌ててノートからは視線を逸らして、「メモなど取っていなかったけれど、それで大丈夫なのか?」と尋ねた。

「頭の中に全部、入ってますから。あ、二、三点質問しても構いませんか?」

 質問内容は、要の授業を理解していないと出てこない疑問点であり、要は俊平の記憶力に内心、舌を巻いた。

 恵まれた容姿と高い能力は、何もわざわざ教師になんかならなくても、と思わせる。要の場合は親から、「数学なんてつぶしのきかない学問をやりたいなら、教員免許だけは取っておきなさい」と厳命されたから、仕方なくだった。

 それに、こうして実際に数学教師として母校の勤務するようになるとは、実習を行っていた当時は、思っていなかった。

 俊平が本気で教員になりたいのかどうか、要は聞かない。それはマナー違反だ。

「瀬川先生?」

 黙ってしまった要の顔を、俊平は屈んで下から覗き込む。はっとして、要は首を横に振った。

『教育実習にかこつけて戻ってきたのは、瀬川先生に会うためです』

 昨日、俊平はそう言った。まじまじと彼の顔を見つめたが、要の記憶にはない。俊平のように目立つ男に出会っていたら、要は決して忘れたりしない。俊平ほどとはいかないが、記憶力には多少の自信があった。

 質問に受け答えし、俊平の教材研究を見守っていると、チャイムが鳴った。昼休みになったので、要は通勤途中で買ってきた、コンビニのサンドウィッチを取り出した。

 職員室も大勢の教師たちがいて落ち着かないし、学食なんてもってのほか。この数学準備室で昼食を摂るのが、要の日課ではあるが、ふと俊平はどこでランチタイムを過ごすのだろうか、と疑問を抱いた。

 別にどこで食べようとかまわないのだが、昼休みまで担当教員である要と一緒にいるのは、息が詰まるだろう。鞄から弁当箱を取り出した俊平に、それとなく言ってみると、彼は何の頓着もなく、広げ始めた。

「瀬川先生がご迷惑じゃなければ、ここで食べます」

「でも、他の実習生とも付き合わなくていいのか?」

 実習生には実習生だけの職員室が、空き教室を利用して、臨時で設置されている。彼らはそこで基本的に、日誌を書いたり教材研究をしたり、時には実習生同士で愚痴を言ったりするのだが、俊平はまっすぐに数学準備室に来てしまう。

 人付き合いは浅く狭く、の要に心配されたくはないだろうが、他の実習生とはうまくやれているのだろうか。高校のときに付き合いがあった者はいないのだろうか。

「理系の特進で、教員免許取ろうなんて奴は、ほとんどいないですよ。他みんな、文系ばっかりでしょう?」

 文系科目の実習生たちは、高校から面識がある人間が多く、その中に一人だけぽつんと理系の自分がいる方が、向こうにも気を遣わせてしまう。だから数学準備室で、要と二人きりの方が気楽なのだ、と俊平は語った。

「……そうか」

 俊平は楽でも、要はそうではない。何を考えているのかわからない男と二人きりというのは、そわそわする。いっそのこと自分が職員室に避難してしまおうか、と思ったが、そのタイミングはすでに失われている。ミックスサンドのパッケージは封を切ってしまっていた。

 実家に戻っている俊平の弁当は、久しぶりの母親のお手製なのだろう。張り切って作られているのがよくわかった。

「高校時代、こんな豪華な弁当見たことない」

 と、俊平が笑うので、要も釣られて表情を緩めた。

 話しかけてくるのは俊平の方からばかりだが、要も相槌を打ちながら、ぽつぽつと返す。主に大学の話題が多かった。同じ学科ということで、共通の教授の話は殊の外盛り上がったし、要の在学時にはなかった講義棟の話には、興味を引かれた。

「先生は、卒業してからは一度も大学に行ってないんですか?」

「ああ、そうだな……行っていないな」

 要は遠くを見つめた。当時、今以上に人付き合いが得意ではない要だったが、大学には自分よりもよほど、コミュニケーションに難のある学生が多くいた。要にとって、大学は、自然に呼吸のできる場所だった。できればもっと、あの空間にいたかった。

 懐かしんでいる要が、ふと視線に気づいて顔をあげると、やはり俊平が、目を細くしてこちらを見つめていた。弁当はお互いに、すでに食べ終わっている。

 ここで、俊平の意図をはっきりさせておいた方がいいかもしれない。要は意を決して口を開く。

「新田、せんせ……」

 同時に、数学準備室のドアがノックされた。要は口を閉ざして、入り口を見つめた。質問にやってきた生徒だろう。小さく息を吐いて、「どうぞ」と促す。

6話

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