二週間の恋人(7)

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6話

「じゃあ、ヒントあげます。俺は先生の、初めての生徒の一人。きっと、数学なんて意味ないよって喚いた、最初の生徒なんじゃないかな」

 ヒントではなく、もはや答えだった。最初の生徒、それはすなわち、要が教育実習生として聖明学園に戻ってきたときの生徒だ。確かにその時、今と同じ質問を、要は投げかけられた。

 方程式の解き方がわからない、と数学準備室にやってきた生徒たいた。たまたま担当教員が席を外していて、一人だった要は、彼に解法を教えた。

 先生、すげーわかりやすい! と笑ったのは、ちょこまかと動く、背の低い坊主頭の少年だった。

『英語は海外旅行のとき使えそうだし、国語も漢字読めなきゃカッコ悪い。でも、数学って何にも役に立たなくないですか?』

 責任感の強い要は、必死に考えて、ひとつの答えを出した。将来必要になるかもしれない。未来のことは誰にも、わからないのだから。つっかえながらも、そう諭した。

 少年は納得しながらも、イタズラ坊主の顔で、笑って反論したものだった。

「……死んでも数学なんてやらないって、言ってたじゃないか」

 目の前の元・少年のあまりの変貌ぶりに呆然としながら言うと、彼は、破顔した。

「よかった。思い出してくれた」

「ああ……あまりに変わってたから、気づかなかったぞ」

 俊平が記憶の中の少年と一致したことで、付随して思い出したことがある。瀬川先生に会いたかった。先生とはいうが、この男に限って言えば、「恩師」としての要に、という意味ではない。

 要は俊平に気づかれないように、そろりそろりと距離を取った。しかし、そうは問屋が卸さない、とばかりに俊平は、要の細く骨ばった手首をぐっと掴んだ。

「じゃあ、あの時のことも、思い出した……?」

 カッ、と要の頬が熱くなった。それが答えだ。俊平はにやりと笑う。さほど力は入っていなかったので、俊平の手を振りほどき、要は窓辺に寄って、熱を冷ますために窓を少しだけ、開けた。涼しい風が入り込んできて、切りそびれている前髪を揺らした。

 ごまかすように知らん顔を続ける要の背後に、俊平は寄った。あっ、と思ったときには、すでに遅かった。体格差がありすぎた。俊平はカーテンを引いて、窓枠に要を押しつけた。

 小さくか弱い者を見る目だと、そう感じていたのは、要の勘違いだった。俊平の目に浮かぶのは、慈愛などではなく、明確な恋慕だ。

「最終日、俺、言いましたよね。あなたのことが好きだ、って」

 当時、中学二年生だった俊平の気持ちを、要は受け入れることができなかった。同性愛に嫌悪を覚えたのではない。彼の想いを勘違いだと一蹴することも、要はしなかった。

 恋する気持ちは一過性だったとしても、そのときは真剣なのだ。要自身にも、覚えはあった。思い出すのが辛いことではあったが。

 要は俊平の話をしっかりと聞いたうえで、断った。現段階で、自分は同性愛者ではないし、大学院に進学する予定で、将来的に函館に戻るつもりもない。無責任に期待を持たせる方が酷だ。第一、

「たった二週間や三週間で、自分には好きも嫌いもわからない。そう、先生は言いました」

 静かな声で俊平は言う。その間も、要は逃げられない。

「でも、その期間で、俺は自分の運命を変える、恋をしたんです。あなたに」

 数学など死んでも使わない。大学だって、自分の行けるところに行く。そう言い張っていた少年時代の俊平が、東京大学に進学することを決め、数学科に進むことを決めた理由など、ひとつしかない。

「東大に行けば、会えるかもしれないと思った。でも、あなたは院に進んでいなかった。いろんな伝手を辿って、あなたがここで、先生をしてるって知ったとき、俺がどう思ったか、わかりますか?」

 一途な目が、要を刺し貫く。後ろめたさに視線を逸らそうとしても、俊平が許さない。細い顎に手をかけられて、無理矢理正面を向かされる。

「会いに行かなきゃ、って。大学では女の子とも付き合ったけれど、やっぱり俺は、先生のことが、好きです」

「俺、は……」

 こんな風に真っ直ぐに気持ちを向けられたのは、人生で三度目だ。そのうちの二度が、目の前の青年からの恋心で、彼の気持ちは疑いようがない。

 しかし、要は彼のことを受け入れることは、できない。

「俺は、恋なんてしないって、もう決めているから……」

「でもそれは、百パーセントじゃないでしょう? 先生がしないって決めてても、恋は勝手に、落ちるものです」

 ウィンクした俊平は、ロマンチストだ。そして彼の言葉に、心を揺さぶられた要もまた。百もゼロも、この世界にはほぼ存在しないのだと言った要の言葉を、逆手に取った俊平は、「二週間だけ、付き合ってください」と言った。

 二週間という短い期間でも、恋ができるということを、証明させてほしい、と。

8話

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