二週間の恋人(9)

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8話

 放課後、俊平は数学準備室で自分の席と決めた椅子に座り、ぐったりとしていた。今日は実際の授業を三コマ実施したため、さすがの彼も緊張の連続で、疲労したのだろう。

 要は、マグカップにコーヒーを淹れて、俊平のデスクに置いた。ちらりと顔を上げた俊平は、口元を綻ばせて、「ありがとうございます」と受け取った。

 要は椅子を引っ張って、俊平の前に座り、「今日の授業所感だが……」と切り出した。俊平は即座に背筋を伸ばして、手元にメモを用意した。反応速度が速いことは、いいことである。

 俊平の授業は、要の授業を踏襲していた。教師が板書をしている間、誰かが教科書を読んでいる間、生徒はノートを取ってはならない、というのが要の授業の鉄則である。耳と目と手を同時に使うことは、多くの生徒にとっては、集中力の欠如に繋がるからだ。

 普通、実習生の授業研修は担当教員の普段の授業を破壊する。授業方針を共有することは不可能で、実習生なりの授業を行ってしまうからだ。教育実習期間が終わると、立て直しに時間を取られるのである。

 俊平との実習であれば、そういう心配はなさそうだ。しかし問題点が皆無というわけではなく、要は二、三点気になる部分を上げた。 

 一番は、できない生徒に合わせすぎて、できる生徒が暇を持て余しているシーンが多かったことと、授業進度がやや遅れている点だった。

「できる生徒の顔色を見た方がいい。暇そうだったら、他の類題を解くように、即、指示を出すこと」

「なるほど」

 俊平は付箋にメモを取り、自分の教材研究ノートにベタベタと貼りつけた。明日以降はきっちり修正してくるだろう。俊平の目は、信頼に足るものだ。

「だが、学生時代、数学ができなかったお前には、できない生徒の気持ちがわかるだろう? 当時の自分の気持ちは、忘れるなよ」

 そう念を押したうえで、明日からの授業も期待していると言うと、俊平は嬉しそうに笑って頷いた。

 その後、日誌を書いている俊平を横目に、要は小テストの作成と、来週発行の学級だよりのチェックを進めた。質問があれば適切に対応し、俊平の日誌を受け取って、帰宅態勢が整ったときだった。

「せんせ。週末って何か、予定ありますか?」

 思わず、まじまじと要は俊平を見つめた。リクルートスーツに、荷物が多いからと背負うリュックが、アンバランスだ。

「学校では……」

「口説いてないですよ。予定の有無を聞いているだけで」

 にこにこしているが、食えない表情だ。確かに、デートという単語を使っていない以上、彼はルールを破ってはいない。

「ない、が……」

 ちらりと要は、貸与されているノートパソコンを見つめた。いつも置いて帰っているが、今週末は持って帰って、仕事をするという振りをしよう。

 今年三十歳になる男としては情けないことだが、プライベートを過ごす友人など、一人もいないし、趣味らしい趣味もない。ただ、それを俊平に悟られるのは避けたかった。

「……週末は、来週分の小テストを作ろうと思っていて」

 本当は、すでに全部完成していて、微調整をするくらいなのだが、要は嘘をついた。空気を読むことに長けた俊平は、きっと引いてくれるだろう。そう思った要は、甘かった。

「ああ、それなら俺がもう、八割方、作成してますよ」

 どうせ俺に作らせる予定もあったんでしょう、と俊平は笑って、リュックからモバイルを取り出し、画面を立ち上げて見せた。

 確かに、そこにはちょうど今授業をしている範囲の小テストが、各クラス分、作られている。

 目をぱちぱちさせた要とは対照的に、俊平は満面の笑みを浮かべている。イエスの返事をしない限り、彼は表情を変えずに、要の帰宅の邪魔をし続けるだろう。

 要は長い溜息を吐きだして、「生徒に見つからない場所、お前が探せよ」と言った。

10話

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