黒板の横にかけられた日めくりカレンダーも、だいぶ薄くなった。日直でもないのに、今月になってから、毎朝毎朝破り捨てた甲斐があるというもの。
明日から十二月。誰もが心躍る、あのシーズンの到来。
「あ、おはよう!」
「はよ……今日も無駄に元気だな、お前」
陽太は目を擦りながら、カレンダーを見上げる私を一瞥して、自分の席にとっとと行ってしまった。
それをそそくさと追いかけて、「明日から、十二月です!」と、破った十一月二十九日の紙を突き出す。仏滅。うーん、なんか嫌な感じ!
「で、何?」
夜中にふと目が覚めたとき、窓から見える陽太の部屋の明かりは、まだ煌々と灯っていた。きっと夜遅くまでゲームをしていたんだろう。しかも負けたんだろうな、この不機嫌さを隠さないところを見ると。
「何って、クリスマスの相談しようよ」
陽太と私の家は、お隣さん同士。両親たちも仲がよく、家族ぐるみの付き合いの幼なじみだ。運がいいことに、幼稚園のさくら組から高校一年の今に至るまで、ずっと同じクラスでもある。
昔はもうちょっとかわいげがあって、名前の通り太陽みたいな笑顔を振りまいていた時期もあった。
おばさんは、「男の子なら誰もが通る道なのよ」と、腕を組んで頷いていた。だからそんなものなんだろう。
「アドベントカレンダー、これにしたから。どっちが先に開ける?」
スマホで通販サイトの画面を見せる。ピンクの箱型カレンダーの中には、キャンディーやチョコレートが入っている。私としては、オーナメントが入っているタイプも好きなんだけど、男子って結局、花より団子なんだよね。
「今年はクリスマスケーキ、私ひとりで作ろうと思ってるから、楽しみにしてて」
陽太は私の顔を見上げている。それから大きな溜息をついた。
「高校生にもなって……」
難色を示す一言を漏らし、彼は「寝る」と、机に突っ伏してしまった。
高校生っていっても、ひとつ年を取っただけ。
去年なんて受験生だったのに、「息抜き息抜き」と言って、一日中うちでだらだら過ごしていた。
例年通り、アドベントカレンダーを一日交替で開けて楽しみ、手作りのケーキを食べ、プレゼント交換をした。幼い頃からずっと変わらない。
まさか断られるとは思っていなくて、私は陽太の席の隣で、「邪魔」と他のクラスメイトに言われるまで、立ち尽くしていた。
「やっぱり変なのかなぁ」
お母さんの得意料理である豚のピカタを口に運びながら言った私に、「まぁ確かにあんたは変だけど」と、鋭いツッコミが飛ぶ。
「ええ!」
「自分で言っておいて、そんなに驚くことある?」
隣のクラスからわざわざ来てくれて、毎日昼休みを一緒に過ごす奈那は、いちごオレのストローを、ずぞぞ、と吸った。
肘をついて菓子パンを頬張っているのも相まって、「行儀悪いよ」と注意するけれど、どこ吹く風。
「それで、何が変だって?」
と、話を戻した。
はぐらかされた気分は否めないけれど、元々相談したかったのは間違いない。私は彼女に、今朝の陽太とのやりとりを言って聞かせた。
「どう思う? やっぱり陽太の言うとおり、高校生にもなって幼なじみ二人でクリスマスするのって、変かな?」
元来、我が家ではクリスマスパーティーをする習慣はない。宗教上の理由ではなく、家族全員、十二月二十日から二十六日の間に生まれたからだ。
何かと忙しく、出費の多い時期だ。うちは特に、裕福な家庭でもない。全員の誕生日とクリスマス、両方を祝うのは難しい。準備も後片付けも大変だし、何よりも「余計に太っちゃうでしょ!」と、お母さんがNGを出す。
大きくなってからは、そんな事情にも納得しているけれど、子どもの頃は無理だ。誕生日ケーキを買いに行ったケーキ屋で、「クリスマスのケーキも欲しい! クリスマスパーティーしたい!」と、爆発した。
駄々をこねていた私を救ったのは、帰りにたまたま会った、陽太だった。
『それなら僕が、美冬ちゃんとクリスマスする』
そうだ。言い出したのは陽太だ。あの日から毎年、ともに過ごしてきた。
「いや、そりゃ嫌でしょうよ」
「えー? 私は嫌じゃないもん」
口を尖らせた私に、奈那は呆れ顔だ。それから彼女は、「ちょっと周りを見渡してみぃ」と言う。
「周り?」
教室をぐるっと見回す。二学期は体育祭も文化祭もあったけれど、この後は卒業式まで、めぼしい学校行事はない。
なのに、なぜかクラスの中が浮ついた空気で満ちていた。
「もうちょっとよーく観察しな」
昼休みなので、私たちと同じように、机をくっつけたいくつかのグループに分かれて、昼ご飯を食べている。授業中より人数が少ないのは、他のクラスの友達のところに行ったり、学食組だったりするのだろう。
すぐ横の二人組は、男女仲睦まじい。女子が「これ、私が作ったんだ」と言う卵焼きを、男子はしっかりと味わい、ごくんと飲み込んで、「美味いよ。最高!」と、賛辞を送っている。
「で?」
観察したはいいが、特に思い当たる節はなかった。おとなしく、答え合わせを待つ。
「あのねえ。女同士で飯食ってんの、ウチらくらいでしょうが」
なるほど。確かに、教室で楽しくランチタイムを過ごしているのは、男女の組み合わせばかりだ。同数じゃなくても、男子ひとりに女子ふたり、みたいな感じで、必ず異性と一緒になっている。
男子の方は、男ばかりで食べている人たちもいる。陽太はそういうグループからも外れて、ひとりで黙々とお弁当箱を空っぽにして、食後すぐに昼寝をしていた。
「あー、ほんとだね。みんなどこで食べてんだろ」
間抜けな私の感想に、奈那は髪を振り乱した。
「だから! あんたの大好きなクリスマスってのは、カレシカノジョで一緒に過ごすイベントになってんの!」
「カレシとカノジョ……」
そういう目でもう一度見てみると、隣の男女は明らかに、付き合いたてのカップルに見えた。男一、女二の組み合わせのところは、隣り合う女子同士が、どうも牽制しあっていて、それを楽しむ男子……という、悪趣味な構造になっている。
「高校生になって、恋人とクリスマスを過ごしたいっていう気持ちになった連中が多いってこと」
「それって、なんか変な感じ」
好き→恋人になる→クリスマス楽しい! というのが正しい順番だ。なのに、奈那の話を聞いていると、クリスマス楽しい!→恋人が必要→好きな人を見つける……という風に聞こえた。
すっかり昼食を食べ終えた奈那は、髪をくるくると指に巻きつけている。目つきが鋭くなったのは、のんびりした私への苛立ちじゃなく、枝毛を発見したせいらしい。
「だからね」
掻き乱して見なかったことにした彼女は、びしりと人差し指を突きつけてきた。
「彼女がいたら、あんたとクリスマスするなんてことできないっしょ?」
箸で摘まんだミニトマトが、ころんと落ちた。弁当箱が受け止めてくれたので、慌てて手づかみで口に放り込む。酸っぱい。
「それって……」
私は居眠り中の陽太のことを見る。背中が上がり下がりして、ゆっくりと呼吸しているのがよくわかった。
「陽太に、彼女?」
「と、思うけどねえ。彼、顔は悪くないんじゃん? 愛想はないけど」
ああいう少女漫画のヒーローが好きな女子っているよねえ。
奈那の言葉は、右から左に流れていく。
陽太に彼女ができた。私の知らないところで。
ちょうど私の部屋の窓と彼の部屋の窓が向かい合っているため、私は陽太のいろんなことを知っている。
朝は何時頃に起きて、夜は何時頃に部屋に戻ってくるのか。カーテンが閉まっていても、なんとなくそこにある影や気配はわかる。
好きな食べ物も嫌いな食べ物も、なんならお互いに何歳までおねしょして、世界地図の描かれた布団が干してあったのか、なんてところまで知っている。
なのに、私は陽太の彼女のことを知らない。 急にご飯を口に運ぶ手が重くなった。冷めても美味しいおかずを入れてくれているのに、なんだか味気ない。
「残り、食べていいよ」
「おっ。美冬んちのお弁当美味いからな~。ゴチになります!」
わいわいと喜んでいる奈那をよそに、私はずっと、陽太の背中を見つめていた。
今年は手袋を編んでいた。陽太に似合う、大人っぽいネイビーの毛糸。模様は白で編み込む。
編み物教室の先生をしているおばあちゃんから習って、最初はかぎ針編みのコースターだった。陽太への手作りのプレゼントは、毎年少しずつレベルアップしている。
ああ、でもこんなのもらっても、迷惑かな。 手を止めて、立ち上がる。カーテンを開けた。陽太の部屋のカーテンは閉ざされているが、明かりがついたままなので、まだ彼は起きている。
スマホで、彼女と愛のやりとりでもしているんだろうか。
生まれてこの方、恋人がいたことはないので、ラブラブな彼氏彼女の会話がどんなものなのか、イマイチ想像できない。
それに彼氏の方は、幼い頃から見知った陽太である。あの、何事にもやる気があるんだかないんだかわからない無表情で、彼女に対しては「好きだよ」「愛してるよ」と言うのかと思うと、何やらおかしかった。
「クリスマス、ほんと、どうなるんだろ」
ぽつりこぼした疑問に答えるかのように、彼の部屋のカーテンが開いた。驚いた私と、驚いていない陽太の目が合う。
窓を開けた。十二月の空気は、そこそこ温暖な気候のこの町であっても、やっぱり冷たい。
「陽太」
呼びかけると、ぎょっとした陽太が慌てて窓を開けた。
「馬鹿お前。風邪引くぞ」
愛想のかけらもない声なのに、私は確かに、彼が心配してくれているのだと感じる。嬉しくなって、「馬鹿は風邪引かないんじゃない?」と、軽口を返す。
陽太は鼻で笑った。
「最近は、馬鹿しか引かないんだってよ。ほら馬鹿。寒いんだから、窓閉めろよ」
「じゃあ、窓開けて会話してる陽太も馬鹿だよね」
馬鹿の応酬は、小学校のときに大げんかしたのを思い起こさせた。馬鹿っていう方が馬鹿なんだよ、とか。理由はなんだったか忘れてしまったけれど。
「陽太がゲームしないで今すぐ寝るんだったら、私も寝るよ」
ちっ、と小さな舌打ちが、冬の鋭い空気を通じて伝わってきた。本当に怒っているときは、何の反応もしないのを知っているから、怖いとかむかつくとか、そういう気持ちにはならない。
「わかったよ。寝るよ」
「うん。授業中も昼休みも、睡眠時間じゃないんだからね」
お姉さんぶって注意した私に、陽太は「はいはい」と肩を竦めた。
いつも通りのやりとりだ。だから、今なら。「ねえ、陽太。クリスマスなんだけど……」
「おやすみおやすみ」
二度言って、陽太は窓を閉めた。ついでにカーテンも。電気が消えてしまったのを確認して、私は溜息をついた。
恋人ができて、そちらを優先したいのならば、はっきりきっぱり言ってくれていい。そう言おうとしたのに、クリスマスの「ク」の字を出した途端に、耳が遠くなるんだから。
編みかけの手袋をそのままに、私も諦めて、ベッドに入った。
結局、クリスマスの約束は何もできていない。
陽太と話すことはあっても、肝心なことは、全部はぐらかされる。そういう対応をされるうちに、無理に話をしようと思う私が悪いのかな? と、気後れしてしまう。
隠しているだけで、本当は、同じクラスに陽太の彼女がいるのかな。だから、私に話しかけられると、迷惑なのかもしれない。
手袋は、途中で放置している。陽太の彼女にしてみれば、幼なじみの女が自分の彼氏に、手編みのプレゼントをするなんて、気持ち悪いに決まっている。
そうこうしているうちに、十二月も半ばを過ぎた。土曜日のクリスマス当日に、私は陽太を家に招くつもりでいたけど、もう諦めるべきか。
今年は陽太とクリスマスしないかも、と言うと、お母さんは驚いていた。けれど、「まぁ、高校生だもんねえ」と、最後には納得していた。
高校生だからって、なんだろう。
ひとつ年を取って、通う学校が変わったからって、何もかも一変してしまうものなのかな。
放課後、机をひとつひとつ雑巾で拭く。陽太の席だと思うと、なんだか投げやりな気分になって、叩きつけた。
「真鍋さんさあ、二十五日って暇?」
「え?」
同じく掃除当番の男子生徒が、ゴミ箱をぶら下げた状態で話しかけてきた。
用事がある。そう言いかけて、なんの約束もしていないことを思い出した。
「暇だけど、何か?」
やりぃ! と、声を上げたのは、また別の男子だった。話しかけてきた子の首に腕を回して、テンション高く喋る喋る。
「クリスマスの日にさぁ、相手いない連中で集まってパーティーしようって話してんだよね。せっかくだから、女子も誘おうって話してて」
「そうなの」
「そうそう。俺ら、カノジョが出来なかったときのために、もう二ヶ月も前から、駅前のカラオケボックス予約してんの。馬鹿でしょ?」
どちらかといえば、クラスでもおとなしい部類に入る私は、陽太以外の男子と雑談することが少なかった。ペラペラとよく回る口に、目を白黒させてしまう。
「で、男ばっかでもつまんねぇし、女子も誘おうってなってさ。真鍋さん、隣のクラスの飯田と仲いいっしょ? 一緒に誘ってみてくれないかなって」
視線をちらちらと受けて、なんとなく理解した。たぶん、最初に話しかけてくれた男の子、奈那のことが好きなんだ。で、クリスマスになんとかお近づきになろうと、弁の立つ子の方が協力している。
「うーん」
答えに渋ったのは、男の子ばっかりのところに行くのはちょっと怖いから。駅前のカラオケは、明るくきれいな場所で、店員さんたちも感じがいい。だから妙なことにはならないとは思うけど、やっぱりちょっと不安。
「女子は何人参加予定なの?」
男女比が半々、せめて六対四くらいになれば、少しは安心かな。
そう思って尋ねると、彼はスマートフォンを取り出した。トークアプリのグループがすでにできていた。「俺たちはあぶれたんじゃねぇ! 自らはぐれたんだ!」と、長ったらしいグループ名がついていて、余計に負け惜しみ感が出ている。
「今んとこ、男は俺ら入れて五人。女子は二人参加だよ」
そこに私と奈那が入れば、四人。まぁ、いいところかな。
グループメンバー一覧を見る。
「これって陽太……田島くんはいないんだね」
私が嫌になっただけで、彼女がいるわけじゃない。そんな期待もしていたけれど、見慣れた陽太のアイコンはない。
「田島? あいつ彼女いるんじゃねぇの? 俺、あいつがスマホでデートスポット調べてんの見たぞ」
「あ~……うん。そうだよね。うん、私でよければ、奈那も誘って参加します」
話は速い方がいいだろう。その場で奈那に連絡をすると、「美冬がいいなら」と、なんとも消極的な参加承諾の連絡が来た。
よかったな~、と言い合いながらゴミを捨てにいく二人を見送って、私は雑巾をもう一度、陽太の机に投げつけた。
「真鍋さん。明日よろしくね」
「あ、うん。十一時に駅前だったよね?」
クリスマスイブは終業式でもあった。今日はみんな、家族と一緒に過ごして、明日は楽しいパーティー。
アプリで確認メッセージを寄越せばいいのに、参加者のひとりである神山くんは、わざわざ私のところまでやってきた。
この神山くんという人は、穏やかな性格で癒やし系男子と言われ、クラスでも結構人気がある、らしい。この辺は、なぜか隣のクラスなのに、うちのクラスの事情に詳しい奈那の受け売りである。
「真鍋さんってどんな曲歌うの?」
予定確認だけかと思いきや、雑談をするらしい。困ったな。帰り支度して、もう帰宅する気満々なんだけど、冷たくあしらうわけにもいかないか。明日の空気も悪くなりそうだし。
「えっと、私は……」
誰か助け船~……。
祈るような気持ちで、神山くんの背後に目を向けると、陽太とばっちり合った。なぜか驚いた顔をして、私を凝視している。
どうしたんだろう、陽太。最近はずっと、挨拶すらしていなかったのに。
「真鍋さん?」
なかなか話をしない私を不審に思った神山くんに名前を呼ばれ、私は陽太から視線を外した。
そして当日。駅前の変な銅像(地元出身の有名な彫刻家の寄贈品だという話だけど、私にはその良さがわからない)のところで待ち合わせ。
ちょっと早く着き過ぎちゃったかな。
手鏡を取り出して、前髪を確認する。
私服で集まって遊ぶなんて、初めてだ。特に今回は、女子だけじゃなくて男子もいる。 ファッションに自信はないけれど、清潔感だけは大事にしないと。寝ぐせなんて、言語道断。
奈那、まだ来ないのかな。一緒に来ればよかったかな。
スマホで時間を確認する。待ち合わせの時間まで、あと十五分もある。早く来過ぎちゃった。
「真鍋さん」
振り返れば、神山くん。暗い色の上着を羽織った人々の中で、マスタード色のコートが映えて、人目を引く。
「他のみんなはまだ?」
隣にやってきた神山くんに頷いた。
って、近い近い近い! 着ぶくれているとはいえ、腕がくっつくほどの距離に、背の高い男子が来られると、圧がすごい。
さりげなく、「まだあと十分あるから」と言いながら、半歩横にずれた。拳一個入るくらいの距離に安心したのもつかの間、神山くんも同じ幅だけ距離を詰めてくる。
「ねぇ真鍋さん」
「な、なんでしょうか!?」
わぁ、びっくりするくらい顔が近い。どんなにイケメンであっても、好きでもなんでもない男子に接近されるのって、なんだかぞわぞわする。
陽太となら、たぶん気持ち悪くない。小さい頃には、おでこ同士を突き合わせて絵本を読んでいたくらいだ。
迫ってくる神山くんから、顔を仰け反らせて逃げる。
「このまま二人でどっか行かない? 俺、真鍋さんのこともっとよく知りたいんだよね」
いやいや、そんなことできませんって!
奈那は私がいるから、パーティーへの参加を渋々了承した。彼女に恋する男子に恨まれたくはない。
へらへら笑って、お断りする。
「いや、あの、私はみんなとカラオケ……」
「カラオケ好きなの? だったら二人で行こうよ。俺、結構上手いんだ」
強引に手を掴まれ、引っ張られそうになった。怖い。助けを求めて辺りを見るけれど、私が笑って相手をしていたせいか、ただのイチャイチャしたやりとりだと思われているっぽい。
「離して!」
男の子の力で引っ張られれば、私にはどうすることもできない。踏ん張ってはみるけれど、連れていかれそうになる。
「やめろよ」
繋がった神山くんの手を、チョップで断ち切り、私の手を握った人。顔を見なくても、それが誰なのかわかった。
「陽太……」
彼女とデートじゃないの? 周囲にはそれらしい女の子はいない。どうやらひとりらしい。
陽太は私を背後にかばった。
「嫌がってる女、無理矢理連れてくんじゃねぇよ。イケメン無罪とはいかないんだからな」
私はコクコクと頷いた。強引に迫られて胸キュンとか、少女漫画やドラマの世界にしかない。どんなに顔がよくたって、好きでもなんでもない、よく知らない相手だと恐怖を覚える。
陽太は神山くんを無視して、「行くぞ」とこちらを見ずに、私の手を引いた。
ちょうど待ち合わせ場所にやってきた奈那たちが、異口同音に私を呼んでいる。私は愛想笑いを浮かべて、手を振った。
だって、陽太が手を離してくれないんだもん。
連れて帰られた我が家。両親は買い物にでも行ったのだろう。陽太は無言で、私に鍵を開けるように指示する。
部屋の中はすでに冷えていて、暖房を入れてから、私はお茶の準備をしようと、ポットのスイッチを入れた。
「そんなの後でいいから」
陽太に呼ばれて、リビングへ戻る。ソファの中央を陣取られてしまったので、私は床に座らざるをえない。
「なんであんなとこ行ったんだよ」
「あんなところって」
友達とカラオケボックスでクリスマスパーティーをしようとしただけだ。一緒にクリスマスをしてくれない陽太に、文句を言われる筋合いはない。
「だって、陽太は彼女と過ごすんだと思って」
「彼女ぉ?」
そんなもんいるか、と顔を歪めた陽太に、あれ? と首を傾げる。なんだかすれ違っている。
「だって、私とクリスマスを過ごすの、嫌なんでしょ?」
「嫌とは誰も言ってないだろ」
「言ったもん! 高校生になってまで、幼なじみとクリスマスは嫌だって!」
私の主張に、陽太は目を点にした。それから自分の失言を認めて、謝ってきた。
「高校生になってまで、って言ったのは、ガキみたいに家で騒ぐんじゃなくて、もっと大人な場所に行くのがいいんじゃないかってこと」
約束をしなかったのは、サプライズでそういう場所に連れていきたかったからなんだって。
神山のこと嫌がってたし、行くのやめたと思ったのにってグチグチ言っている陽太には、はっきり言って呆れてしまった。
「大人ぁ?」
何言ってんの。
ケラケラと笑って、陽太を指さす。行儀が悪い! と払いのけられても、笑いは止まらない。
「それこそ、そういうのは彼女と行くべきでしょ」
私と陽太は、恋人じゃないし。
陽太はそっぽを向いて拗ねた。耳がほのかに赤くなっていることに気づいて、笑いが引っ込んだ。
それ以上突っ込むのは、野暮というもの。私は何も気づいていませんよ、という顔で、一度自分の部屋に引っ込んだ。その間、彼とは目が合わなかった。
そういうことだとしても、幼なじみの型を破るのは、まだ早い気がする。だって私、陽太のことを今初めて、「自分と付き合う可能性のある男の子」だと認識したんだもん。
今はまだちょっとだけ、待ってほしい。
私はあるモノを手に、リビングへ帰った。暖まった部屋の中、陽太はそわそわしている。「ねぇ、これ」
持ってきたのは、今年買ったアドベントカレンダーだ。毎年陽太と交互に開けているので、ひとりでは穴を開ける気にならず、手つかずのまま。
「これ陽太にあげる」
「は?」
ぐいぐいと押しつけられるアドベントカレンダーに、陽太は困惑している。
「毎日一個ずつ開けてよ。それだけの時間を、私にちょうだい」
今日の分ひとつ、私は押し開けた。中には日持ちのする砂糖菓子がふたつ入っている。 二人で分け合って、口の中に放り込む。奮発しただけあって、甘ったるいだけじゃない、なんだか上品な味がする。
「それに、高校生だからって、急いで変える必要はないんじゃないかなあ。私、こうやって二人でお菓子食べてるだけで、楽しいし」
ね?
そう微笑むと、陽太はお菓子の甘さに仏頂面を崩しながら、頷いた。
さて、陽太がカレンダーをすべて開けてしまうまでに、手袋を完成させないとね。
中途半端な状態の手袋のことを考えながら、私はお茶を淹れるため、席を立った。
コメント