明美(1)

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みんな愛してるから

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「理」11話

 初老の女性が、棺に縋りついて号泣している。その様子から、死者のことを心から愛していたのだということが伝わってきた。

 追従するように響くすすり泣きは、死者を悼むというよりは、場の雰囲気に流されたもののように感じた。

 女の隣には、若い男がいる。彼は女の長男であり、最後に残された家族だった。彼が母親の背中に手を添えて慰めようとすると、彼女は猛烈な勢いで、それを振り払った。

「あんたのせいでしょ!? この疫病神!」

 興奮しすぎた母親は、慌てた斎場のスタッフに支えられ、外へと連れ出された。

 浅倉文也は参列者たちに一礼をして、母の振る舞いを詫びた。その目には、涙はなかった。そういえば、先日の葬儀の際も、号泣する明美をよそに、彼は呆然としていたが、泣いてはいなかった。

 葬儀が終わったところで、頃合いを見計らい、明美は文也に声をかけた。

「浅倉さん」

 文也には、喪服がとても似合っていた。引っ越しの手伝いのときに見た私服よりも、彼の憂いを帯びた優しい顔立ちには、しっくりくる。

 着慣れているのかもしれない。そんな恐ろしい想像が、明美の頭をよぎる。

 文也は明美の顔を認めると、一瞬誰だっけ、というような表情を浮かべていた。だが、すぐに記憶の片隅にあった、婚約者の親友というデータを思い出して、微笑みを浮かべた。

「ああ……小野田さん、でしたっけ」

 その節はどうも。会釈をした文也だが、その表情はあまりにも自然だった。旧知の人間に出会ったときの、柔らかい顔だ。

 婚約者に続いて、身内が死んだというのに。

 文也は明美との再会に目を細め、それから首を傾げた。

「小野田さんは、どうしてここに?」

 文也は明美と彼の関係を知らない様子だ。この世を去る前に、彼はすべての痕跡を消したのであろう。

「大学で助手をしています。弟さんとは、それが縁で」

 四月の最初の講義のときに、彼は前方の席に座っていた。理工学部の学生なのに、文学部の学生たちよりも真面目に講義を聞き、一般人にはつまらない、明美の研究についての話も、興味のある様子で聞いてくれた。

 それが全部、演技だったのだということに途中から気づいていたが、明美は見て見ぬふりをしていた。

「ああ、そうなんですか」

 文也の態度は社交辞令を多分に含んでいて、特に明美には興味がない。そしてそれが、浅倉文也という男の本質のような気がして、ぞっとした。

「あなたは」

 意を決して明美は口を開く。一度言葉を切ったのは、緊張で喉が渇いたせいだった。

2話

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