映えない友達

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短編小説

『のぞみ。しばらくおばあちゃんちで暮らしてみない?』


 そうママが言ったとき、てっきり父方の祖父母の家だと思った。鎌倉といえば和の街。渋谷原宿を根城にしている私とは、一見ミスマッチ。でもだからこそ、映える写真がたくさん撮れそうだ。

 レンタル着物で神社や寺に行くのもいいな。深く考えずに頷いた。パパが単身赴任でもするのだろう。その間、私がひとりになる時間が増えるから、という理由で、預けられるのだと考えた。


 北海道の母方の祖母の家だと気づいたときには、もう遅かった。私が詰めた荷物は、すでに海を越えてしまっている。転校手続きを渋る私に、ママは泣きながら言った。

『のぞみ。あなたのためなのよ。おばあちゃんちで二年間、しっかり元気になるのよ』


 パパはママの背を擦り、私に向かって頷いた。いつもパパは、何も言わない。

 雑誌の読者モデルになるときも、反対も賛成もしなかった。ママは応援してくれていたのに。北海道なんかに行ったら、撮影はどうなるんだろう。


 だいたい、函館ってどこよ。

 決定は覆らなかった。ぶすくれた私を空港まで迎えにきた祖母は、顔を見るなり泣き出した。無言で着せられたコートの上から、私の腕を撫でた。


 いらないと言っても出てくるご飯。これ好きだったでしょ、といつも同じおやつ。「すぐ大きくなるから」と、近所の店のダサくてサイズの合わない服。

 祖母の家は居心地が悪く、転校先の高校もまた、私には合わなかった。ママの母校。私立の女子高だ。


 転校初日、一段高いところから見下ろしたクラスメイトは、誰も彼も気に入らなかった。 

 私が『ポプリ』の読モということに気づいた子たちの頭は、不自然に黒かった。立ち上がれば、折り癖のついたスカート。


 頭髪服装検査のある日だけちゃんとするとか、むしろ逆にダサい。学校では校則違反にならない程度の格好をして、休日に弾けた自分のファッションを追求する方がいい。それがイマドキのJKだ。

 擦り寄ってくる人間とも、ファッションなんてまるで興味がないという人間とも付き合いたくない。後者はお互い近づかないのでマシだが、前者はより性質が悪い。


『のんちゃんめっちゃ細い!』

 褒め言葉を吐いて私の肩に手を置く。本当に興味があるのは、私がなんでこんな片田舎の高校に転校してきたのかってこと。うずうずしているのが透けて見える。

 
 人付き合いなんて面倒。授業中以外はずっとスマホを見ているか、寝たフリ。話しかけられても生返事を貫いた。熱心に話しかけてきたクラスメイトが、一人二人と減っていき、やがて誰も近づいてこなくなった。


 だから今、こんなことになっているのだ。

 午前中の二時間を潰しての調理実習。班分けは生徒に任されていた。孤高を気取っていた私は、誰からも声をかけられず、自分から誘うこともできず、ぽつんと取り残された。


 ぼっちの私を嘲笑う連中となんて、こっちから願い下げだ。サボりを決めた私に声をかけてきたのは、肉まんみたいなフォルムの女だった。

「牧原さん。一緒にやらない?」


 なんであんたなんかと。突っぱねようとしたけれど、クラスの中じゃ派手な部類の女が、「レミママ! 牧原さん誘うくらいなら私が!」と、割って入ってきた。

「田中さんは、もう四人組できてるじゃない」


 諭す声は優しく、「ママ」と呼ばれることに慣れている様子だった。ちなみにグループは、このデブ女と陰キャオタク、毒にも薬にもならなさそうなおとなしい女、以上。

 どう考えても、私を押しのけてまで入りたいグループじゃない。田中なんとかは説得され、諦めた。去り際に、ガルル、と私に牙を剥いてきたけれど。


 彼女だけじゃない。クラス中がなぜか、私に羨望のまなざしを向ける。

 このデブ女、そんなに人気者なの? デブスのくせに! 似合わない名前のくせに!


 勝手に班員に組み込まれて迎えた調理実習当日。私は彼女の人気の理由を知るに至った。


 メインはポテトグラタン。副菜にサラダとコンソメスープ。デザートに牛乳寒天。

 いや、冬にしろよ。突っ込んだのは私だけか。


「それでは、ホワイトソースを作ってください」 

 家庭科教師の号令で、地獄が始まった。


 ホワイトソースなんて、缶詰を買えばいい。100均にだって売っているご時世、いちから作っているところを見たことない。まして自分で作ったことなんて。


 小麦粉と牛乳とバターを炒める作業が、こんなにも難しいとは。あちこちから落胆の悲鳴と焦げた臭いがしてくる。

 けれど、うちの班はスムーズに実習が進んでいる。なぜかといえば、このレミという女だ。


「とことん弱火キープね」

 彼女は調理部で、毎日の弁当も自作している筋金入りの料理好きだった。時短レシピも活用するし、時間のかかる本格料理もする。


「ルーを冷まして、あったかい牛乳を入れるの。その方が、上手くいく」

 家庭科教師は冷たい牛乳を鍋に入れていたけれど、彼女は逆だと言う。指示どおりにやったうちの班だけは、鍋の焦げつきから逃れている。


「オーブンに入れたから、グラタンはもうやることないね。サラダと寒天、手分けしましょ」

 ここまで一切喋らない私を、他の二人に押しつけるのは気が引けたのだろう。私はレミと一緒に、サラダとスープを担当することになった。


「サラダスピナーがあればなあ」

 ぼやきながら、水洗いした葉物野菜を入れたザルの上に、もうひとつザルを重ねて蓋にして、全力で振る。水が飛んできたので、思わず、「ちょっと!」と、声を上げた。


 すると彼女は動きを止めて、きょとんとした顔をこちらに向けたのち、破顔した。

「やっと喋ってくれた」
「っ」


 なんなのコイツ。調子狂う。こっちはこんな「えない」奴なんか、願い下げだ。

 下を向いて、オリーブオイルと酢ををひたすら混ぜるのに専念する。


 あとは盛りつけだ。ボウルに全部開けて、コーンやクルトンなどを入れようとするレミを止めた。

「ぐちゃぐちゃになるじゃん!」


 見るに見かねて慌てて制止する。え、なに? って顔してるけど、調理部だよね? 食欲って、見た目に左右されるもんじゃないの?

 私は料理は全然しないけど、東京じゃ、いろんな店に行った。きれいに盛られた料理を、もっと美味しく見えるように(そして一緒に映る自分も可愛く見えるように)写真に撮るのが好きだった。


「美味しく見えるように考えなさいよね!」


 サラダをバランスよくドレッシングと和えて、最後に四つに切ったミニトマトを載せる。緑の中の赤は、花が咲いたみたいだ。

「どうせ食べちゃえば一緒だけど、見た目はやっぱ重要っしょ」


 一仕事終えて気分がよく、うっかりレミに話しかけると、彼女は私じゃなくて、サラダを見つめていた。

「……すごい。すごいよ、牧原さん!」


 たいしたことはしていないけれど、褒められるのは悪くない。最近は誰も、私のことを細くて可愛いと褒めてくれないから、余計に。

 そうこうしているうちにグラタンも焼き上がった。私は半分だけ食べた。


「口に合わなかった?」


 レミの問いかけに、首を横に振った。じゃがいもは糖質が多いし、ホワイトソースも小麦粉の塊だから、太っちゃう。

「牧原さんは細すぎるよ。もっと食べた方がいいよ」
「あんたは食べない方がいいんじゃない」


 私の食べ残しまで大口で頬張るから、デブなんだよ。嫌味っぽい言い方を、レミは気にした風もない。美味しそうに食べる彼女を見ていると、もう一口食べてもいいかな、という気持ちになってしまい、ぐっと我慢する。

「ねえ、牧原さん。調理部に入らない?」


 葛藤する私に、レミは目を輝かせた。

 曰く、調理部のSNSを運営しているが、反響はいまひとつ。新入部員もほとんど入らなかった。


 彼女のスマホを見せてもらうと、アップされている写真は、どれもこれも残念。メニューと同色の皿を使っていたり、盛りつけがイマイチだったり、ライティングが全然ダメ。当然、いいねなんてほとんどついていない。

「牧原さんが意見くれたら、もっともっと、調理部の活動が盛り上がると思うの!」


 たぶんおそらく、目を限界まで大きく見開いているのだと思う。頬肉に阻まれているが、それでもじゅうぶんに迫力満点の眼力に押されて、思わず頷いてしまっていた。

 調理部の活動内容は、もちろん調理実習だ。放課後にはクッキーやマフィンなどのスイーツ。土曜日には凝った和食や、聞き慣れない海外の料理を作る。


 その中心にいるのは、部長ではない。レミだ。初めての料理は必ず、家で試作を重ねるという。普通なら本番には飽きているはずだが、彼女の舌と胃袋は、ちょっと馬鹿なのか、いつだってぺろりと平らげる。

 研究と称して、食べ歩きをすることもある。老舗の洋食店のカレーやビーフシチュー、素朴な焼き菓子。全国的にも有名なハンバーガーショップで、一日十人限定の高さ十五センチ以上のハンバーガー。


「牧原さん、お願いします!」

 できるだけ早く、とレミの顔には書いてある。光量を調整して、サイズ感がわかるように自分の顔を入れる。レミだとむしろ、バーガーが小さく見えてしまいそうだった。


 中途半端な田舎で、見るものなんてないと思っていた。偏見だった。そもそも観光地だ。探せば東京以上に、映える店や食べ物があるのかも。

 撮った写真を加工して、SNSにアップする。調理部アカウントの写真は、スタンプで顔を隠した。個人アカウントは、食事と同じくらい自分の顔も盛る。


 こっちに来てからは、あまり更新していなかった。その結果、相互だった読モ友達からは、こっそりとフォローを外されていたりもした。 

 でも今は違う。この場所にいる私にしか撮影できないものがある。


 巨大ハンバーガーの写真には、すぐにたくさんのいいねがついた。スマホで反応をじっと見ていると、レミが「牧原さん、食べないの?」と、声をかけてくる。


「ううん。食べる」

 部員たちはみんな、食べることも大好きだ。レミを筆頭に、とにかく美味しそうに食べる。


 一流のグルメレポーターは、その表情だけで視聴者の購買意欲をそそるという。


 そんな感じで「食べないの?」と聞かれると、ついつい「食べる」と言ってしまう。そして口に出したからには、口にしなければならない。


 店一番人気のチキンバーガーも、写真を撮るのを忘れない。大きな唐揚げに、甘辛いタレが絡んでいる。マヨネーズと合わさると、やみつきになる味だ。

 途中で残すこともできず、むしろ「これも美味しいよ」と、ミートソースとホワイトソースがかかったポテトまで差し出される。


 フォークで突き刺して食べたポテトは、確かに美味しかった。

 SNSは絶好調だった。調理部のアカウントはもちろん、私個人のも。


 読モ仲間と一緒に撮った写真よりも、いいねが稼げるようになってきた。フォローを外された子からも、写真とはまるで関係のないコメントがついたので、鼻で笑った。

 同世代の女の子というターゲット層からは、フォロワーが若干ずれてきちゃってるけれど、しょうがない。北海道といえば、札幌か動物園の二択。私だって引っ越してくるまで、函館のことなんか、知らなかった。


 結局、フォロワーは数が大事なのだ。中身は誰も見ていない。最低限、日本人ならOK。

 ベッドの上でごろごろ転がって、適当にいいねをする。親指だけの行為に、意味はない。意味のないものを重要視するのが、今のこの世の中、そして私だ。


 そういえば最近、愛用のコスメとの写真、アップしてないな。

 スワイプしていくと、昔の写真は自分の顔のアップばっかりだ。今はといえば、食べ物をメインにして、私自身は添え物、みたいな。

「のぞみちゃん。晩ご飯できたわよ」
「あ、はーい!」


 祖母の呼び声に、素直に従う。引っ越してきたばかりの頃は、夕飯を食べたり食べなかったり。そのときの気分だった。


 でも、作る側の苦労を目の当たりにする機会が増えて、ちょっと反省した。食べない日は、支度の前に伝えることにしたのだ。

「いただきます」


 祖母はホッとした顔で、私が食べるのを見守っている。照れくさい気持ちと一緒に、煮物を食べる。


「今日はご飯も食べようかな……」

 珍しく、そんな気分だった。


 祖母は私のつぶやきに感激した様子で、めいっぱい茶碗に盛ろうとするので、止めるのに一苦労した。

 
 夏休みになって、この日を指折り数えて待っていた。


 今日は東京から、読モ仲間が遊びに来るのだ!


 羽田からの飛行機から降りてきた乗客は皆、垢ぬけて見えた。自分の服装を見下ろす。大丈夫、ダサくなんてない。


 荷物受取所から出てきた友人は、その中でも特に目立った。彼女は早速スマホを掲げ、空港内の写真を撮影している。


「マリア」


 到着ロビーには、見るべきものは何もない。声をかけると、マリアは目を細め、まるで睨みつけるような表情になった。

 そんなに目、悪かったっけ?


 手を振りながら近づくと、マリアはすぐに笑顔になった。不機嫌そうに見えたのは、気のせいだ。


「のぞみ! 久しぶり! いきなり引退したからびっくりしたよ」


 引っ越しはしたが、引退した覚えはない。とはいえ、呼ばれなくなったのは事実だ。
 人気がなかったわけじゃない。火10ドラマにも出演した、専属モデルの篠原由美里と一緒に載ったこともある。


 でも、所詮は読モ。代わりはいくらでもいる。それこそ、同じ黒髪ギャル系のマリアは、私が抜けた分、登場回数が多くなっている。

 思うところはあるが、せっかくこんな遠いところまで遊びに来てくれたのだ。言い争いはしたくない。ぐっと抑えて、「ま、いろいろあってね」と、濁した。


「ふーん」
「そんなことより、もう行こうよ。今日はもう遅いから、おばあちゃんが食事、用意してる」
「ああ、うん。お世話になります」


 ぺこりと一礼するマリアは、派手な顔立ちとは対照的に、素直で可愛かった。

 三泊四日の日程で遊びに来たマリアを、私と祖母は一生懸命歓待した。特に祖母は、一度も学校の友達を連れてきたことがなかったので、はりきっていた。


 夕飯のおかずがいつもより一品多い。マリアはにこにこしつつも、ほとんど手をつけなかった。祖母を悲しませないため、私がその分食べることになる。

 寝る前に、「毎日あんなの食べてるの?」と言われた。感じ悪いな。思ったけど、言わなかった。


 次の日の観光でも、マリアの言動にはもやもやさせられた。


 調理部でも行ったハンバーガーショップは、カレーもオムライスも美味しい。ただ量が多いことはわかっていた。

 半分こにしようと提案した私に対し、マリアは料理が二つ並んでいる方が映えるから、と主張した。


 私が折れたが、結局、残すことになってしまった。マリアは一口ずつ食べて、ずっとスマホを弄っていた。キャミソールから剥き出しになった細い腕に、釘づけになる。


 ひとりで頑張って食べるにしても、限界だった。

「やだ。全部食べようとしたの? ウケる」 

 
 彼女は私の首に腕を回し、スマホのカメラでツーショットを撮った。


 口の周りにケチャップ、ついてなかったかな。

 マリアは何も言わずに出ていってしまい、その分も私は店のおばさんに謝った。


「ごちそうさま。残しちゃって、ごめんなさい」

 お金払ってるのはこっちなんだから、どう扱おうが勝手でしょ。そういう価値観で、以前の私は動いていた。


 でも、今は罪悪感で胸がひりつく。

 店のおばさんは、ありがとうございました、と言ってはくれたけれど、その笑顔は悲しそうだった。


 レミや祖母の顔が重なって、気まずいまま、私はもう一度会釈して、店を出た。

 最終日、マリアを空港で見送って、ホッとした。


 前は気が合う親友だと思っていたが、一度離れると、感じ方も変わるらしい。


 帰宅してから、マリアのアップした写真を確認する。その中には当然、私とのツーショットも含まれている。

 うん。やっぱりモデル同士だと、華があっていい。


 コメント欄には褒め言葉が踊っているんだろう。ほくほくと読み進めてしまったのが、大きな間違いだった。

『のんちゃん、太った?』『マリアちゃんがいつもより細く見える。笑』


 私たちを比較するコメントの数々。そこにマリアがいいねをしたり、肯定の返信をしている。

 恐る恐る、鏡を見た。そこに映る私の姿に、悲鳴をあげた。


 顔がパンパンにむくんでいる。鎖骨が肉で埋まってきた。

 祖母の家にあるのは、昔ながらの体重計だけだ。ちょっと針が右を指すようになっていても、誤差だと認識していたけれど、これはもしかして。もしかしなくても。


「いや!」

 太ることが、この世で一番恐ろしい。


 雑誌を作る大人たちだって、「これ以上太ると、ちょっとねえ」と、濁しながらダイエットを勧めてくる。

 ああ、そうだ。だから私、向こうでは食べなくなったんだ。


 両親は仕事で忙しく、家族三人で食卓を囲むことが、ほとんどなかった。それをいいことに、まともな食事をやめた。

 食べないことは、一番手っ取り早かった。可愛いスイーツを優先して、ご飯はその分抜く。


 こっちに来てから、明らかに食べる量が増えた。東京に戻って返り咲くには、前よりもっと、スリムにならなくちゃ。

 決意も新たに、私は早速、夕飯をいらないと言いに行った。祖母は悲しそうな顔で、「わかった」と言った。

 朝はスムージー。昼はおにぎり一個とサラダだけ。おやつと夕飯は抜き。


 三日で三キロ痩せた。

 お腹が空いてイライラする気持ちも、鏡を見れば少し収まる。痩せてきれいになるんだから、このくらい我慢だ。


 一人でランチを終えてからは、鏡を覗くか居眠りをするかの二択だ。レミがしきりに話しかけてくるが、生返事で応える。転校当初と同じだ。レミなんかと仲良くなったせいで、私は太っちゃったんだから。

「ねえ、牧原さん。昨日もおとといも、おにぎりとサラダだけだったでしょ? もっと他にも食べないと、身体に悪いよ」


 ああ、ウザいな。舌打ちして、ギロっと睨む。

「あんたみたいに巨デブな方がよっぽど、健康に悪いよ。百キロ超えてるんだって? よく恥ずかしくもなく生きてるよね」


 言葉のトゲを抜くための気力もなかった。絶句する彼女をよそに、私は机に突っ伏し、目を閉じた。

 二週間、そんな食生活を続けたところ、体重が停滞し始めた。土曜日は一日、水だけで過ごし、ゴロゴロ寝ていたけれど、一ミリも減っていなくて泣きたくなった。


 こういうときはチートデイだ。コンビニで買ってきたお菓子とジュースを胃の中に納める。味などわからず、無言で貪っていた。


 次の日、体重は爆増した。食べるだけ食べて、出していないんだから、当たり前だ。

 そっか。食べたら出せば、増えないんだ! 食べて吐く、あるいは下剤を使う。祖母を悲しませることなく痩せられるから、みんなハッピー。なんでこんな簡単なこと、気づかなかったんだろう!


「のぞみちゃん。大丈夫?」
「うん? 平気だよ。おばあちゃん、今日のご飯も美味しいね」


 胃液が喉を焼くのにも慣れてきた。昼休みには体育館のトイレまで行って、口の中に指を突っ込んで、吐いてから教室に戻る。

 レミの視線はずっと感じていたが、完全に無視を決め込んだ。


 十キロ減ったけれど、世の中には、もっともっと痩せている子がいる。最近起こり始めためまいと頭痛を堪え、制服に着替える。

 北海道の秋の風が身に沁みる。十月なのに、もうマフラーが手放せない。
「牧原さん」


 登校中、レミに話しかけられた。本当にウザい子。もう私は、調理部には行かない。料理の力を借りずとも、SNSでいいねをもらえる女になるのだ。

 返事もせずにいると、レミがどたどたと走って前に回る。この子、こんなに足、速かったっけ?


「牧原さん! あなた、食べたもの全部、吐いてるでしょ」
「!」


 小声で、でも鋭く叱責された。

 ばれないように気をつけていた。誰もいないトイレを狙ったし、吐瀉物が制服につかないようにしたし、消臭剤も振りかけていたのに。


「牧原さんは、転校してきたときから、痩せてたよ。ううん。痩せてるってレベルじゃない」
「は? デブに痩せてるって言われても信じらんないし」

 手を掴まれる。どこに連れていこうとしているんだか知らないけど、思い通りになってたまるか。振り払おうとして、私はバランスを崩した。


 あっ、と思ったときにはすでに遅い。めまいが続いていたのも一因だろう。倒れ込むと同時に意識を失った。

 ふっと浮上した瞬間、目に入ったのは、心配そうに覗き込む養護の先生だった。驚いて起き上がろうとすると、慌てて押しとどめられた。


「急に起き上がらないの。しばらくしたら、病院に連れていきますからね」
「ちょっとめまいがしただけです!」

 大きな声を出すと、頭がひどく痛んだ。先生は真剣な顔をして、いさめてくる。


「栄養失調なりかけ。それに認めたくないだろうけど、摂食障害。わかりやすくいうと、拒食症とか過食症のことね」
「そんな。私は普通に食べて……」
「食べたものを吐くのは、普通じゃない」


 きっぱりと言われてしまえば、ぐっと黙るしかない。


「あなたを連れてきた子から聞いたわ。ずっと心配してたのよ、彼女」

 先生は机の上から何冊かの本を取って見せた。レミが持っていたものだそうだ。摂食障害についての本と、それからダイエット料理についての本。


「こっちのノートには、彼女が自分で考えたダイエットレシピが書かれてる」

 手渡され、パラパラとめくると、しっかりと調味料にいたるまでカロリー計算がされている。


 そういえば、レミは少しだけ、頬のあたりがすっきりしていたかもしれない。


『牧原さんが好きな甘辛味!』


 その一文を見た瞬間、涙が出た。自分が馬鹿だということに、初めて気がついた。

 映えるかどうかで、何もかも決めてきた。食べ物だけじゃない。友達だって、そうだ。


 読モ仲間との付き合いは、写真でアピールするためのものだった。


 誰も私との別れを惜しんでくれなかった。マリアに至っては、私を引き立て役にするためだけに、自分が目立つためだけに、こんなところまで来た。


 彼女よりも、レミの方がよほど、私を大切に思ってくれている。

 でも、もう嫌われたよね。嫌な言葉ばかり、ぶつけてしまったもの。


 ぐすぐすと鼻を鳴らして泣いていると、先生が「そうそう」と何か思い出した。

「あの子がね、目が覚めて食べられそうならって、置いてったわよ」


 差し出されたのは、塩むすび。恐る恐る、一口だけ口にする。


 優しく口の中でほどけていく米粒。なのに、反射的に嘔吐しそうになって、口を押さえた。心に沁みる味、彼女の友情を、吐き出したくなんかないのに。


 ぼろぼろ泣きながら、なんとか飲み下して、私は先生を見上げた。

「先生、私、治りますか……?」
「病気であることを認めることができれば、必ず」


 まったく映えない塩むすびの優しいビジュアルと、レミのふっくらした体型を重ね、さらにもう一口かじった。

 一個食べ切ったときには、生まれ変わったような気さえした。
 
               

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