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<9話
バーベキューはつつがなく進んだ。無言で肉を焼くだけの係と化した勝弘は、必要最低限の話しかせずに、炭の様子を見ながら、焦げる前に肉を取り皿にさらう。
ずい、と皿を差し出す勝弘のことは、おそらくロボットか何かだと思われている。この短時間でどう接近したものか、夕食に興じる参加者たちは、男女ペアで歓談しているシーンが多かった。
トラブルを起こした赤城ですら、男の隣で声を立てて笑っている。昨日の事件はなかったこととして、皆が処理しているようだ。
彼女がアプローチしていた直樹はといえば、一人でマイペースに飲み食いしている。誰も注目していない。
よく観察すれば、彼が肉や野菜を取るのは、橋本が管轄している鉄板からだけだった。
バーベキューの後片付けまで終わり、コテージで参加者たちはくつろいでいる。
そうしているうちに、壁の時計が十時を告げた。ろうそくを用意した橋本が部屋に現れると、参加者たちは緊張したような顔をして、黙った。
一人一人に、燭台に立てられたろうそくが配られる。
勿論、アルバイトである勝弘たちには、ろうそくはない。すべてのろうそくが消えた後、二十秒後に電気をつけるのが、スタッフの役目だ。
電気のスイッチの横に立ち、百物語を見届ける、ただの傍観者。
橋本がマッチを使い、自分の元に残った大きなろうそくに火を灯した。ソファや椅子に腰かけた参加者たちの間を、ろうそくを持った状態でゆっくりと回った。
「恋に破れたとき、相手にも、誰にも、言えなかった言葉。皆さん、胸の内にあるでしょう」
参加者たちは自身のろうそくを傾けて、ぽっと火をつける。三本目がついたところで、勝弘は音を立てずに、電気を消した。
オレンジの温かい色が、ぼんやりと輪郭だけを露わにする。最後に直樹のろうそくが灯される。
日の光の下、蛍光灯の明かりの下で見るときよりも、色の情報がなくなる分、何倍も、彼のパーツの形、ひとつひとつの美しさが際立つ。
ほう、と勝弘は溜息をついた。橋本の声に従って、皆の視線が自分の手元に集中している今、直樹に見惚れていても、誰も気がつかない。
「心の中に残っている、伝えられなかった想い。それが皆さんを、幸せから遠ざけている……そうは思いませんか?」
橋本のゆったりとした低い声は、まるで催眠術師のそれだ。ただの泊まりがけの合コンイベントだと思っていたが、意外と本気だった。
「すべてを告白し、ろうそくの火を吹き消したとき、皆さんは大きなカタルシスを得ることでしょう」
それではまず、赤城さんから……そう言って、橋本は、自分の持つ親のろうそくに息を吹きかけた。それを合図に、指名された順に、参加者たちはぽつりぽつりと話を始める。
時にはつっかえながら、時には早口に、涙ながらに自分の辛い想いを語る者もいた。
先ほどまでは、楽しそうに笑っていたのに、神妙な顔で聞き入って、感情移入をしている。
勝弘は、立ったまま黙って話を聞いている。不思議な空間だった。ろうそくを持たない勝弘には、同じだけの熱量で、彼らの話を聞くことはできない。
一本、また一本と火が吹き消されて、部屋がだんだん暗くなっていく。そして、ラストの一本。
「では……白坂さん」
直樹の周りだけが、ぼうっと照らされている。彼はしばらく、手元の火を見つめていた。潤んだ瞳には、暖かいオレンジ色が映り込む。
黙ったままの直樹を、誰も急がせることはなかった。
一度、直樹は想いを噛みしめるように、目を閉じた。再び開けると、彼は静かに、勝弘の知らぬ誰かとの恋について語り始めた。
>11話
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