ろうそくを吹き消したら(13)

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12話

 参加者を駅に送り届けてから、コテージの清掃をして、勝弘のアルバイトは終わりを告げた。

「じゃあ、給料は三日以内に銀行口座に振り込むので。お疲れ様、ありがとう」

 若山と勝弘を駅に下ろし、橋本はそのまま車で東京へと戻ると言う。

 頭を下げて見送った勝弘は、顔を上げて、物陰からすっと出てきた人影を見て、目を見開いた。

 そわそわと、勝弘が一人になるところを待っている。まるで不審者。

 固まっている勝弘の視線の先を若山は辿り、「ふーん」と、毒のある笑みを浮かべた。

「ま、頑張ってくださいな」

 彼女は勝弘の腰の辺りを一叩きして、さっさと一人で改札をくぐってしまった。後ろ姿を見送って、勝弘は柱の向こうからこちらを窺っている青年に、接近した。

「直樹」

 帰ってなかったんだ、と言うと、直樹は唇を尖らせた。

「連絡先聞いてないんだから、帰ったら二度と会えなくなるでしょう。先生、電話番号も変えちゃったんだから」

 直樹に個人的に連絡先を教えたわけではないが、彼の親は当時の勝弘の電話番号を知っていた。

 勝弘は家庭教師を辞める旨を連絡した後、すぐに番号変更をした。

「しかも、大学も辞めるって嘘までついて」

 勝弘は、家の都合で学校を辞め、実家に帰らなければならなくなったと説明していた。直樹が自分を探して、大学にまで乗り込んできそうな気がしたからだ。

「ごめんって」

「ごめんじゃないです」

 直樹の手が、勝弘の手首を掴んだ。この三日間で、何度同じシチュエーションがあったかわからないくらいだったが、その度に勝弘は、じっと見つめてしまう。

 すっかり大人の男になったのだな、と硬く節ばった骨に触れ、しみじみと六年の時の流れを噛みしめた。

 強引に手を引かれ、改札口まで連れていかれる。男同士で手を繋いでいる状況に、勝弘は苦言を呈したくもなったが、彼の手が汗ばんでいることに気がついて、何も言えなくなった。

 電車に乗っている最中も、直樹は勝弘の手を離さなかった。

 期待を持たせるだけ持たせておいて無言で去ったことが、彼をどれだけ不安にさせ、傷つけたのか。

 もう逃がさない。その真剣な思いが伝わってくる。

 だから、勝弘も「離せ」と言わなかった。少しくらい奇異の目で見られたとしても、寝たフリをしていれば、寝ぼけているのだと思われるし、自分も気にならない。

 ずっと目を閉じたままでいると、本当に寝入ってしまった。勝弘が次に目を覚ましたのは、直樹に「もう降りる駅だよ」と起こされたときだった。

 彼の肩に寄りかかり、眠っていたことに気がついた。

(涎なんか、垂らしてないだろうな)

 勝弘はこっそりと口元を手の甲で拭った。

 ホームを進み、改札を抜ける。

「じゃあ、俺、こっちだから……」

 自宅アパートに向かう路線に乗り換えをすべく、別れようとした。だが、直樹は勝弘の話を一つも聞かずに、再び手首を掴んで、勝弘を引きずっていく。

「ちょっと、どこ行く……」

 そのまま、家に向かうのとは逆方向の電車に乗せられる。直樹の家に行く方向ともまた違っていたので、勝弘は首を捻った。

 連れてこられたのは、新築とおぼしきマンションであった。最寄り駅の路線図を思い返し、それが直樹の通う大学のキャンパスにほど近いことを思い出した。

 エレベーターに乗り、五階へ。ポケットから取り出した鍵で開けたのは、一人暮らしの部屋であった。

「大学入学を機に、一人暮らしを始めたんだ」

「そうか」

 学生向けのワンルームマンションは、実家の直樹の部屋よりも狭い。きれいに掃除されている室内を、勝弘は見回した。

 医学部の学生らしく、本棚にはぎっしりと、教科書が詰まっている。その隙間隙間に、漫画の単行本が挟まっているのが、中学生の頃の彼を髣髴とさせた。

「先生が、ラブドールを作ろうって思ったのは、その……妹さんの……」

 飲み物を用意して、小さなテーブルの向かいに腰を下ろした直樹は、歯切れ悪く切り出した。

 対照的に勝弘は、「そうだよ」とあっさり認めた。

 妹に乱暴した犯人は、いわゆるオタクでコミュ障と揶揄される男だった。

 同世代の女性には相手にされず、力のない女子中学生に狙いを定めた。

 勝弘がAI制御のラブドール製作を志したのは、妹のような被害者を出したくないと考えたからだ。

「AIを利用することによって、理想の彼女を手に入れることができたら、こじらせた変な奴が減るんじゃないかと思って」

 だから、優れたAIだけではなくて、人間の肉体に近い触感の素体が必要だった。

 そう考えたときに、真っ先に浮かんだのは、一瞬で脳裏に焼きついた、直樹の裸身だった。

 勝弘は直樹の頬に触れる。子供っぽいあどけなさはなくなったが、指にしっとりと吸いつく滑らかさは、やはり極上の肌だ。

「この肌を、忘れたことはない……いや、それだけじゃなくって」

 声が詰まった。想いが溢れ出るとき、涙が零れるのだということを、勝弘は知った。

 記憶の中、「好きだ」と伝えてくれた直樹の目が、黒々と濡れていた理由がわかる。

「直樹」

「はい」

「六年間、待っていてくれて、ありがとう」

「……はい」

「俺も……俺も、好きだよ。ずっとずっと、好きだったんだ」

 近い将来、たくさんの人を救うであろう直樹の手が、勝弘に伸びてくる。

 一瞬だけ、六年前の中学生の手だったなら、どんな風に自分に触れたのだろうと思った。

14話

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