ろうそくを吹き消したら(5)

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4話

 勝弘が白坂家に家庭教師をしに行くことになったのも、岩田がきっかけだった。

 当時彼が付き合っていた彼女が、家庭教師を一日でクビになった。

『最低よ、あのガキ!』

 と喚く恋人を慰めるのに忙しかった岩田は、勝弘に「お前、代わりに行く気ない?」と軽く言った。

 家庭教師を辞めさせられたのは、彼女だけではなかった。直樹の家庭教師は、コロコロと変わった。そのせいで、家庭教師の斡旋業者もお手上げ状態であった。当然、いい結果に結びつくことはない。

 ちょうどアルバイトを探しているところだった勝弘は、岩田が彼女から聞き出した白坂家の電話番号に、直接連絡を取り、面接を経て採用された。

 白坂の家は、都内でも有数の高級住宅街の一角に立っていた。

 どの家も塀が高く、庭は端正に整えられ、初夏の花々が咲き乱れている。

 物干し竿すらなんだか洒落た雰囲気を醸し出していて、勝弘は呼び鈴を鳴らす段階で、すでに緊張していた。

 白坂家は、その中でも、特に立派な邸宅だった。

 個人経営の総合病院の院長という立場である直樹の父は忙しく、勝弘の面接も、病院で行われた。

 そのため、家庭教師初日の今日、初めて自宅に足を踏み入れることになった。

 塀からちらっと覗いた庭には、陶器製の大型犬の置物が見えた。本物と見まごうばかりの精巧さで、勝弘はぎょっとした。

 薔薇の花の香りに鼻をひくひくさせると、大きなくしゃみが出て、思わず辺りをきょろきょろと見回した。

 完全に、挙動不審である。

「はい、どなた?」

 上品な女性の声に、勝弘は慌てて取り繕う。

「家庭教師に参りました、井岡と申しますが」

 自動でロックが解除されるのかと思いきや、女性が自分で出迎えに来てくれた。

 朗らかで、それでいて年相応の落ち着きを持った直樹の母に、大病院の院長夫人と聞いて、勝手に高飛車な人物を想像していた勝弘は、ドラマの見すぎだと反省した。

 通されたリビングは、実家の何倍も広かった。座るように促されたソファも、座り心地がよく、素人でもこれらの調度品がいいものだということがわかる。

 各所に花が飾られており、シックな家具とは対照的な色彩で、目にも鮮やかだった。

「どうぞ。直樹ももうすぐ帰ってくると思うから、お待ちくださいね」

 出された紅茶に、勝弘はおそるおそる口をつけた。

 普段飲む機会があるのは、ティーバッグの安物、せいぜい喫茶店でワンコインで飲めるものだ。それとは全然違う匂いがする。

 一口飲んだところで驚愕に固まった勝弘を、直樹の母は、「お口に合わなかったかしら」と不安そうに見つめていた。

 彼女の曇った顔は見たくない。

「あ、いえいえ。こんな高い紅茶飲んだことなくて。すごくおいしいです! えっと、語彙力不足ですいません」

「あら。おいしいっていう素直な気持ちが一番ですよ」

 勝弘は口角を上げ、快活な表情を自然と浮かべていた。直樹の母はよく笑った。笑顔には笑顔で返したくなる。

 こんな素敵な女性の息子なのだから、生徒になる直樹も、本当はいい子なのだろう。家庭教師が長続きしないというのも、何か理由があると信じたい。

 息子のことを聞いておこうと思って口を開きかけたとき、扉が開く音がした。

「ただいま」

 軽い足音とともに、少年がリビングに姿を現した。

「おかえりなさい」

 ふおお、と声を出しそうになった。顔を見せた直樹は、感動するほどの美貌の持ち主であった。

 先日公開になった映画の主人公を演じた、アイドル俳優に似ている。いや、彼よりも目の前の少年の方が、より現実離れした、おとぎ話の王子様のようだった。

 目はきれいな二重をくっきりと刻まれ、すっと鼻筋が通っている。まごうことなき美少年だ。

「こちら、新しい家庭教師の井岡先生。今度こそ、ちゃんと教えてもらってね」

 母親の紹介に、勝弘は慌てて立ち上がって会釈をした。

「井岡勝弘です。よろしく」

 にこやかな母親に対して、息子はとても、不愛想だった。ちらりと勝弘のことを一瞥するが、微笑みすらせず、無言で直樹はスタスタと自室に向かう。

「ちょっと! ……ごめんなさいね。愛想のない子で」

「いいえ。中学生男子なんて、みんなあんな感じですよ。僕だって、反抗期はそうでした」

 口ではそう言うが、内心ではどうしたものかと悩んだ。

 とにかく話をしてみよう。母親に会釈をしてから、勝弘は少年の後を追った。彼の自室前に辿り着き、ノックをする。しばらく待つが、反応がない。

 埒が明かないので、「開けるよ」と一声かけ、勝手に開けた。

 直樹は制服から、楽な部屋着に着替えるところだったらしい。ブレザーを脱いだ少年の肩は薄く、全体的に華奢だった。

 直樹は勝弘を無視して、そのままシャツを脱いでいく。

 自分でも何故かわからないほど、勝弘は動揺していた。目が離せない。

 肩甲骨がくっきりと浮き出ているその姿は、天使が翼をもがれて堕ちてきたようだ。無表情も人間味が消え去っていて、雰囲気を創り上げるのに一役買っている。

 白く透き通る肌に、触れて確かめてみたい。どんな質感だろう。

「何見てんだよ」

 ギロリと睨まれて、勝弘は、はたと正気に戻った。彼は彫像ではなく、生きた人間だ。半裸をじっと見つめられれば、その意図が気になるだろう。

「あ、ごめんごめん。君の肌を再現するなら、どんな素材を使えばいいかなって考えてた」

 馬鹿正直に言ってしまってから、理系丸出しの気持ち悪い思考だということに気がついた。

 案の定、直樹は変な生き物を見るような目を向けている。

「あ~、と。人形の素材って、ソフビとかあれこれあるんだけど、生身の人間にしかこの色や肌ざわりは、出せないんだろうなあって」

 説明をすればするほど、墓穴を掘っている気がする。だが、何かがツボだったらしく、直樹の口から控えめな笑い声が漏れた。

「変な人」

 きれいな人は怒ってもきれいだというが、やはり笑顔が一番きれいだと、勝弘は実感した。

 そして、もっと彼の笑顔が見たいと思った。

6話

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