ろうそくを吹き消したら(7)

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6話

 赤城里穂の訴えは、結局狂言だったとまとまったが、一つ問題があった。夕食後に行われる、肝試しである。

 チェックポイントにいる橋本にスタンプを押してもらうだけで、特に驚かす役はいないが、辺りに民家もないため、懐中電灯一つで歩き回るのは、そこそこ雰囲気がある。

 合コンイベントらしく、男女二人一組での行動だが、赤城が部屋に閉じこもったままのため、男が一人余る。

 なお、一緒に怒鳴り込んできた後藤さやかは、赤城の態度に呆れ、チャンスを逃すのはごめんだと、現在リビングに戻ってきて、談笑している。

 直樹に「ごめん」とぶっきらぼうながらに謝罪をしているところを見ると、別に悪い人間ではないのだな、と勝弘は思った。

「若山さ……」

 橋本の意図を察して、若山はぶんぶんと首を横に振った。

 そんなに嫌かと思ったが、「赤城さんがおかしなことしないように見張るのに、女の私が見張ってた方がよくないですか?」と言われれば、その通りだった。

 そうなると、自然と勝弘にお鉢が回ってくる。

「俺個人としては、参加してもいいんですけど、男性陣が納得しますかね……」

 当たり前だが、ブーイングが起きた。

 可愛い女の子と二人きりで夜の散歩だから、ロマンチックなのだ。

 誰が悲しくて、野郎と二人きりになりたいものか。罰ゲーム以外の何物でもない。

「まぁまぁ。くじにははずれがあった方が面白いでしょ?」

 やや険悪なムードをうやむやにすべく、勝弘は笑顔で割りばしくじを握りしめ、彼らの前に突き出した。

 仕方がない、と一人二人とくじに手を伸ばしたところで、手首を掴まれた。ぎょっとして、勝弘は割りばしを落とす。

「いいです。俺がこの人とペアになるんで、残りの皆さんは普通にくじ、引いてください」

 振り向くと、涼しい顔の直樹がいた。華奢ではない、どちらかといえば骨太な勝弘の手首を、彼の手はがっしりと掴んでいた。

 動けないでいる勝弘を後目に、若山がさっさと割りばしを拾い集める。一組分抜いて、

「はい。皆さん引いてくださいね」

 と笑顔を向けた。

 林に囲まれた夜のコテージ周辺は、外に出ると上着が必要なくらい、肌寒い。それなのに女性は薄着をしている。

 最後の出発順だった勝弘は、先に出発したペアを観察していた。すると、男は自分の上着を彼女に着せかけたり、肩を引き寄せて密着したりしている。

(なるほど……そういう作戦かぁ)

 女の子って賢いなぁ、と勝弘が感心していると、「行きますよ」と、直樹が肩を抱き寄せ、出発を促した。

 去って行った男たちの真似をして、エスコートをしようというのだろうが、相手が人並み以上にでかい男では格好がつかないだろう。

 勝弘は、やんわりと直樹の手をどけて、拳一個分の妙な空間を空けて、彼の隣に並んだ。 

 勝弘の歩みはゆっくりだった。前を行く二人組に追いつくのは野暮だろう。女性の足には、高いヒールのミュールが装備されていた。

 直樹は長い脚を持て余すようにして、勝弘の速度に合わせた。こちらの顔を窺ってくるのは、のろのろと歩いている勝弘の具合でも悪いのかと勘違いしているのだろう。

 優しい青年に育ったものだと思う。

 懐いていた大人に捨てられた格好になった彼がぐれるだけの理由には、十分だった。

 わずか三ヶ月ほどの短い期間中に、勝弘は彼を信頼させるような言葉ばかり吐いていた。

『休んだ分は、この日に振り替えよう。え? ……大丈夫大丈夫。特に何の予定もないし、あっても直樹の授業が優先』

『お金もらってるからっていう責任もあるけど、俺が教えたことで、直樹の成績が上がるのが嬉しいから、家庭教師してるの』

『俺はお前の先生だよ。ずっと』

 無責任な言葉ばかりだった。

 最初は警戒し、心を閉ざしていた彼が、自分に心を許していくのが、嬉しかった。

 なのに勝弘は、きちんと彼に話をすることなく、家庭教師を辞めた。直樹を捨てた。

 無言で歩く直樹の横顔を、勝弘は見つめた。

 可愛くてきれいだった少年時代から、凛々しくてきれいになった目の前の青年までの成長を、勝弘は想像するしかない。

 自分が彼の前から去ってから、六年間。

 彼はいったい、どんな人生を送ってきたのか。

 こんなところにいる以上、もちろん、誰かと恋に落ち、そして敗れたのだろう。

「先生、危ないっ」

 突然、勝弘の腕が強く引っ張られた。

 何事かと足元を見れば、木の根が大きく張り出していて、躓く直前だった。

 悪い、と言おうとした唇は、息を吐きだしただけで、音を生み出すにはいたらなかった。

 空の星を閉じ込めた直樹の瞳が、じいっと見つめているせいだった。一度、直視してしまえば、もう目を離せない。

「勝弘先生」

 やっとこっち見た、と彼の顔が近づいてくる。

 ふてくされたようないつもの無表情ではなくて、二人きりのときによく見せていた、眉根を下げた情けない表情が、勝弘の心を揺さぶる。

「先生、あの」

 直樹のセリフを、みなまで言わせなかった。勝弘は勢いよく立ち上がり、まだ掴まれたままだった手を振りほどいて、腰を伸ばした。

「先、進まないと。あまり遅いと、橋本さんが心配する」

 隣り合うことなく、勝弘は直樹を速足で先導した。

 先に進めていないのは、どっちだろう。

 満天の星は、揺れる心の道しるべにはなってくれない。

 あの夏の日から、ずっと。

8話

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