偽りの魔法は愛にとける(15)

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14話

 目を覚ました海老沢は、ゆっくりと身体を起こした。ソファに横たえられていて、額には濡れたタオルが置いてある。

 まるで病人だ。いや、そのものか、と自嘲する。

 嫌というほど見覚えのある空間だった。カウンターの中から出てきた優が、水をくれる。受け取らずに帰ろうとする海老沢を、押しとどめた。

「会社に……」

 優は首を横に振る。すでに早退扱いにしてもらったそうだ。まあ、会社のロビーで倒れたわけだから、そうなるか。

「本当の話をしたい。今、あの人が来るから、それまでこれを食べて、待ってて」

 本当の話? あの人って?

 聞きたいことはあったけれど、海老沢の胃は正直だった。あれだけ何も食べたくない、受け入れないと叫んでいたはずなのに、優の手作りだと知ると、急激に空腹を訴えだす。

 今回こそは、きゅるりという腹の虫の声が聞こえてしまった。海老沢は照れ隠しに、優からいささか乱暴にトレイを受け取る。

 卵と万能ネギが散らしてある粥だ。これなら食べられそうだ。海老沢はレンゲで掬って、ふーふーと執拗に冷ました。優の視線を感じるが、気にしないように自分に言い聞かせる。出汁の味が腹に優しくしみる。

 食べ終えて、熱いほうじ茶を飲む。ようやく優と向き合う気力がわいたので、どうして職場のことを知ったのかを尋ねたが、彼は首を横に振った。

「もう一人の関係者が来てから、全部話します」

 誰だろう。まさか、あの女じゃないだろうな。

 海老沢の顔色から思考を読んだのか、優は慌てて、「あの人じゃないよ」と答えた。

「彼女のことは……あの後ちゃんと説得して、もう店には来ないでほしいって言ったから。その説得もあって、なかなか会いに行けなかったんです」

 聞き入れるような相手だろうか。海老沢は女の剣幕を思い出して、身震いするが、優が言うのなら、そうなのだろう。

 しばらく無言の時間が続いた。優は、もう一人が現れるまで事情を語るつもりはないという姿勢を崩さない。海老沢はいたたまれずに、早く待ち人が現れることを祈った。

「すまない。遅くなった!」

「あれ? ママ……?」

 店に走り込んできたのは、「ステラ」のママだった。胸元が広めに開いた、セクシーなシャツを着ていることが多い店とは違い、スーツを着用している。海老沢が着ているような、量販店で吊るし売りになっている既製品とは勿論異なる。仕立てがよくて、身体にジャストフィットしているのがよくわかる。眼鏡も相まって、とても水商売をしているような人には見えなかった。

 優は黙って水を出す。急いでやってきたママは、「助かった」という表情で、一気に飲み干した。

 優とママは、向かい側に座る。タイプは違えど美丈夫二人に見つめられる形になり、海老沢は小さくなる。

 真っ先に動いたのは、ママだった。

「エビさん、本当に、すまなかった!」

 がばりと勢いよく頭を下げられて、海老沢は目を白黒させる。ママには助けてもらいこそすれ、謝ってもらうようなことは何も。

「店は副業だというのは、言ってあったよな?」

 私本当は、こういうものです……と、両手で差し出された名刺を受け取る。身に染みついたビジネスマナーで受け取り、自分も返そうとポケットを探ったが、ママに止められた。

 彼の本名が、ほし英一郎えいいちろうというのも初めて知ったが、ひときわ目を引いたのは、その所属と肩書だった。

16話

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