短編小説

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短編小説

旬を過ぎたら、

「旅行に行かないか?」  付き合いで見始めた映画が案外面白く、夢中になっていたせいで、反応が一瞬遅れた。 「え」  トシキの顔をまじまじと見る。彼はまっすぐにテレビを見ていて、一見すると、映像にのめり込んでいる様子だ。  けれど、本当は違う...
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ヘミオラのウサギ

机の天板を雑巾で拭くと、ガタゴトと音を立てて、ぐらつくものがある。授業中にノートを取っているときに、気にならないものだろうか。  確かこの席は、学年一位の内藤ないとうくんが座っている。弘法筆を選ばず、というやつなのかもしれない。秀才は、どん...
ホラー

豊嶋玲子に関する考察

『豊嶋とよしま玲子れいこは、A県出身の女優だった。昭和〇〇年に上京し、Xという劇団に所属した。地元では評判の小町娘だったが、舞台では主役はおろか、せりふのある役につくこともほとんどなかった。  彼女が有名なのは、女優としての功績ではない。日...
ホラー

蒐集家(コレクター)

それは、一人の女だった。私は棒立ちになり、一歩も動けないまま息を呑み、見つめていた。  彼女は豊満な肉体のすべてを露わにしていた。一糸纏わぬ女など、私は人生の中で母以外に見たことはなかったし、それすら幼い頃の記憶を掘り起こさなければ出てこな...
ホラー

前へならえ

運動部の新入生なんて、だいたい先輩面をしたい二年生から、体よく使われるに相場が決まっている。  どうでもいい自慢話を「さすがっすね」と持ち上げなければならない。あるいは、ストレス解消の的にされたりする。  特に、レギュラー争いに一ミリも関わ...
ホラー

雨宿り

ギギ……チリン。  あら、いらっしゃい。初めてのお客さんね。  こんな天気だから、お客さんも来ないし、もう閉めちゃおうと思っていたの。ああ、大丈夫! 追い出したりしないわ。  迷惑なんかじゃない。来てくれて嬉しいわ。あなたを待っていたの……...
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ひと月遅れのアドベント

黒板の横にかけられた日めくりカレンダーも、だいぶ薄くなった。日直でもないのに、今月になってから、毎朝毎朝破り捨てた甲斐があるというもの。  明日から十二月。誰もが心躍る、あのシーズンの到来。 「あ、おはよう!」 「はよ……今日も無駄に元気だ...
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アイのはなし

ジャングルジムにのぼると、木の枝が近かった。おそらくは桜だろう。東京よりも暖かいこの地域では、三月中にすべて散って、すでに若葉がぴょこぴょこと顔を出している。柔らかそうなそれに手を伸ばそうと身を乗り出すほど、ぼくは子どもじゃない。  ああ、...
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JCの半分は妄想でできている

中学生になって、初めての授業参観日だった。来なくていいよ。朝出かけるときに、寝ぼけ眼のおいちゃんにはそう言ったけれど、来てくれたのは嬉しかった。ママは仕事が忙しくて、なかなか来られなかったから。  たとえ襟のゆるいTシャツにジーパンなんてい...
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梅雨に彩花

大きく武骨な手から、丁寧な文字――読みやすい、とは言わない。癖はない。だが、ちまちました文字は、老眼鏡にクラスチェンジしたと噂の担任には、読みにくいに違いない――が生まれるのは、興味深い。  この年になってやることはないけれど、昔はてのひら...
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