短編小説 アイのはなし ジャングルジムにのぼると、木の枝が近かった。おそらくは桜だろう。東京よりも暖かいこの地域では、三月中にすべて散って、すでに若葉がぴょこぴょこと顔を出している。柔らかそうなそれに手を伸ばそうと身を乗り出すほど、ぼくは子どもじゃない。 ああ、... 2021.10.01 短編小説青春
短編小説 JCの半分は妄想でできている 中学生になって、初めての授業参観日だった。来なくていいよ。朝出かけるときに、寝ぼけ眼のおいちゃんにはそう言ったけれど、来てくれたのは嬉しかった。ママは仕事が忙しくて、なかなか来られなかったから。 たとえ襟のゆるいTシャツにジーパンなんてい... 2021.08.06 短編小説青春
短編小説 梅雨に彩花 大きく武骨な手から、丁寧な文字――読みやすい、とは言わない。癖はない。だが、ちまちました文字は、老眼鏡にクラスチェンジしたと噂の担任には、読みにくいに違いない――が生まれるのは、興味深い。 この年になってやることはないけれど、昔はてのひら... 2021.04.28 短編小説青春
短編小説 海を泳ぐ月 廊下側の後ろから二番目の席は、ほぼ対角線上にある、窓際の一番前にいる彼を観察しやすくて、私のお気に入りの席だ。 「森もりー。森海かいー。ここの訳」 その後三回、先生は彼の名前を呼んだ。ようやく自分があてられていることに気がついた森くんは、... 2020.11.06 短編小説青春
短編小説 拝啓 ゴッドファーザー様 飛行機を降りた瞬間、熱気が襲ってきた。 「あ……っつーい!」 誰よもう、北海道は涼しいなんて言った奴は! と憤慨しつつ、日よけのカーディガンを脱ぐ。機内アナウンスで「現地の気温は現在二十六度、予想最高気温は三十一度……」と流れていたのは空... 2020.11.03 短編小説青春
短編小説 モザイクタイルの指先 へっくち、と亜里沙ありさはくしゃみをした。思わず赤面して、両手で口から鼻までを隠した。手袋の毛糸がチクチクする。 ミトン型の手袋は、中学二年生にしては幼いデザインだ。じっと掌を見つめていると、次第に子供でしかない自分に腹が立ってくる。 ... 2020.10.06 短編小説青春
短編小説 空似の義兄 きっかけは、テツヤ(あるいはナオキ、だったかもしれない)の一言だった。 十年以上経った今でも、幸雄ゆきおは鮮明に覚えている。 『えっ、お前らって、双子じゃねぇの!?』 彼は、幸雄と康之やすゆきの顔を交互に見た。 小学校四年。十歳。成人... 2020.03.26 短編小説青春
短編小説 きらきら星のばんそう者 黒板の前で発言をするのは、優等生と相場が決まっている。一度も染めたことがないだろう黒髪を、きっちりと二つに結んだ副委員長を従えて、学級委員の眼鏡の少年が、か細い声を精一杯張り上げている。 私は不自然にならないように、辺りを窺った。こういう... 2020.03.24 短編小説青春
短編小説 桜待人 四月になってカレンダーは桜の花の写真に切り替わったが、実物を目にするまでにはあと一か月弱。それでも私は、今日から通うこの市立高校の桜並木に満足していた。 野暮ったいセーラー服――タイも紺色で、黒のラインが入っている重い色合いの――に袖を通... 2020.03.22 短編小説青春