青春

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短編小説

アイのはなし

ジャングルジムにのぼると、木の枝が近かった。おそらくは桜だろう。東京よりも暖かいこの地域では、三月中にすべて散って、すでに若葉がぴょこぴょこと顔を出している。柔らかそうなそれに手を伸ばそうと身を乗り出すほど、ぼくは子どもじゃない。  ああ、...
短編小説

JCの半分は妄想でできている

中学生になって、初めての授業参観日だった。来なくていいよ。朝出かけるときに、寝ぼけ眼のおいちゃんにはそう言ったけれど、来てくれたのは嬉しかった。ママは仕事が忙しくて、なかなか来られなかったから。  たとえ襟のゆるいTシャツにジーパンなんてい...
短編小説

梅雨に彩花

大きく武骨な手から、丁寧な文字――読みやすい、とは言わない。癖はない。だが、ちまちました文字は、老眼鏡にクラスチェンジしたと噂の担任には、読みにくいに違いない――が生まれるのは、興味深い。  この年になってやることはないけれど、昔はてのひら...
短編小説

海を泳ぐ月

廊下側の後ろから二番目の席は、ほぼ対角線上にある、窓際の一番前にいる彼を観察しやすくて、私のお気に入りの席だ。 「森もりー。森海かいー。ここの訳」  その後三回、先生は彼の名前を呼んだ。ようやく自分があてられていることに気がついた森くんは、...
短編小説

拝啓 ゴッドファーザー様

飛行機を降りた瞬間、熱気が襲ってきた。 「あ……っつーい!」  誰よもう、北海道は涼しいなんて言った奴は! と憤慨しつつ、日よけのカーディガンを脱ぐ。機内アナウンスで「現地の気温は現在二十六度、予想最高気温は三十一度……」と流れていたのは空...
短編小説

モザイクタイルの指先

へっくち、と亜里沙ありさはくしゃみをした。思わず赤面して、両手で口から鼻までを隠した。手袋の毛糸がチクチクする。  ミトン型の手袋は、中学二年生にしては幼いデザインだ。じっと掌を見つめていると、次第に子供でしかない自分に腹が立ってくる。  ...
短編小説

空似の義兄

きっかけは、テツヤ(あるいはナオキ、だったかもしれない)の一言だった。  十年以上経った今でも、幸雄ゆきおは鮮明に覚えている。 『えっ、お前らって、双子じゃねぇの!?』  彼は、幸雄と康之やすゆきの顔を交互に見た。  小学校四年。十歳。成人...
短編小説

きらきら星のばんそう者

黒板の前で発言をするのは、優等生と相場が決まっている。一度も染めたことがないだろう黒髪を、きっちりと二つに結んだ副委員長を従えて、学級委員の眼鏡の少年が、か細い声を精一杯張り上げている。  私は不自然にならないように、辺りを窺った。こういう...
短編小説

桜待人

四月になってカレンダーは桜の花の写真に切り替わったが、実物を目にするまでにはあと一か月弱。それでも私は、今日から通うこの市立高校の桜並木に満足していた。  野暮ったいセーラー服――タイも紺色で、黒のラインが入っている重い色合いの――に袖を通...
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