気弱なオメガの最初で最後、最高の選択(5)

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(4)

 金曜日の会社終わりに、約束どおり一緒に食事に行った。

 半個室になっている店は落ち着いた雰囲気で、居酒屋といえば学生時代に行ったチェーン店しか知らない雪人は、物珍しくきょろきょろと見渡した。

 そわそわするのは、オレンジの温もりある照明の下、真正面から見る士狼が、いつもよりも柔らかく、どこか甘い表情に見えるせいだった。

「はい。好きなの飲みなよ」

 手渡されたメニューを開き、これ幸いと顔を隠す。飲酒する前からほんのりと赤くなっていても、気づかれないだろう。

 最初は顔を隠すためだったが、なるほど、士狼が言っていたとおり、日本酒の品揃えが豊富である。産地や味の説明に、じっくりと見入ってしまっていた。

「決まった?」

 メニューは一部しかない。自分が独占してはいけないと、雪人は目についた酒を指す。すっきりと辛口の味わいと書いてあるのを見て、

「……意外と強いんだ?」

 と、士狼は目を丸くした。

「先輩は、何を?」

「あー、同じのでいいや」

 彼はどうやら、あまりこだわりがないらしい。逆に、雪人は食べるものについては好き嫌いもないし、「どうしてもこれ」というものもないので、食事はおまかせだ。

 お通しをつつきながら、雪人は後輩らしく、この場を盛り上げなければならないのでは? と、気を回す。

「あ、僕が注ぎます」

 トークスキルのない雪人にできるのは、酌をすることくらいだ。いやいや、と士狼は遠慮するが、雪人の真剣な目を見て、「頼むよ」と、グラスを持った。

 震える手で、酒を注ぐ。それから自分のものに。

「じゃあ、乾杯」

「か、乾杯」

 口止め料代わりの飲み会は、和やかに始まった。選んだ酒は辛口も辛口、カッと喉を焼いた。直後にクリームチーズを使ったつまみを口に入れる。洋酒のイメージだったが、よく合う。

 運ばれてくる料理は、和食がメインだ。ちびちびと飲んで食べてを繰り返す。

「うまいか?」

「はいっ」

 人見知りの恥ずかしがり屋はどこへやら、満面の笑みで返事をした雪人に、士狼は目を細める。

 いつもひとりで飲んでいるから気づかなかったが、どうやら自分は、適度にアルコールが入ることによって、口が滑らかになるタイプだったらしい。

 いつしか雪人が愚痴を言う席へと変わっていた。

仕事のことから始まって、性にまつわる悩みが派生するのは、自然な流れだった。人目も気になりにくいつくりだし、何しろ相手は、すでにすべてをさらけ出した男である。

「僕は、オメガだからといって、エッチが好きなわけじゃないんですよ」

「……へぇ」

 士狼の変な間には気づかずに、雪人は自分の思いの丈を捲し立てた。

 そりゃ確かに、他のオメガやアルファは、セフレとかいっぱい作ってるけど、でも僕は、本当はひとりの人とゆっくり関係を育みたいタイプなんです……。

 雪人の恥ずかしい打ち明け話を、士狼は真剣な顔で聞き、ときには「お前はよく我慢してるよ」と、頭を撫でて慰めてくれた。やっぱり気持ちよくて、目を細める。

 ひとしきり言いたいことを言って、雪人は黙々と食べ、飲んだ。

 雪人と比べ、士狼のペースはゆっくりだった。自分ががっついているようで恥ずかしいと、一度箸を置く。よく観察してみれば、食事はしているものの、彼のグラスの中身は、ほとんど減っていない。

「もしかして先輩、あまりお酒得意じゃないんじゃ……」

「ああ、いや……そんなことは」

 ない、と笑って、それまでちびちびと傾けていた杯を、一気に飲み干した。

 この酒は、そういう飲み方をする酒では……!

 と、慌てて止めようとしたときには遅かった。

「う」

 途端に真っ赤になった士狼は、口元を押さえた。

「先輩!」

「うん……ら、いじょぶ……」

 全然大丈夫じゃない!

 飲み会も久しぶりで、酔い潰れた人間の介護をするのに慣れていない雪人は、そのままずるりと座席に横になり、目を閉じた士狼に、慌てふためいた。

 ずっとここで休んでいるわけにもいかず、雪人は店員を呼び、会計をする。おごってもらうつもりでいたけれど、仕方がない。カードで支払いを済ませ、店の外へ。

「うう……先輩、ちゃんと立って……」

 体格差のある相手を肩に担ぎ支えるのは、至難の業であった。今が一番、オメガである自分を呪った瞬間かもしれない。駅まではそれほど離れていないが、電車に乗ってひとりで帰らせるのも心配だ。

 雪人はタクシーを拾った。居酒屋に引き続き、痛い出費ではあるが、仕方ない。会社から二駅のところにマンションを借りていてよかった。

 運転手の手を借りて、後部座席に士狼を押し込んで、そのまま隣に乗り込む。住所を告げて、ようやく一息ついた雪人の肩に、士狼の頭がもたれかかってくる。

 酒臭いし、汗の臭いもする。けれど、決して不快ではないのは、雪人が士狼に恋をしているからだ。

 深呼吸をして、ふと気づく。

 士狼以上に飲み食いした自分の方が、よほど臭いのではないだろうか。

 そっと士狼の頭を押しやるが、「うーん」と呻いた彼は、いやいやと言うように、雪人の肩に擦り寄ってくる。普段の凜々しく頼れる姿とのギャップがすごい。

 うっかり「かわいい」と零すと、嬉しそうに唇を緩める。

「先輩、大丈夫ですか?」

「ん……いー匂い……甘い」

 すりすりと寄せる顔は、雪人の首にほど近いところにある。

 寝息を立て始めた士狼の邪魔をしないよう、細心の注意を払って、うなじを押さえる。

 発情期ではないから、フェロモンなんて放出するはずがない。

 もしも何かを感じ取れるとすれば、それは「運命」の……?

 いいや、そんなわけない。ひどく酔って、前後不覚になっている男の感覚を信じてはいけない。だいたい、自分は何も感じていないのだし。

 愛しい男の吐息を至近距離に感じながら、雪人は士狼を視界に入れるまいと、窓の外を眺めていた。

 翌土曜日、目を覚ました士狼は、自分がどこにいるのかわからず、奇声をあげた。寝ぼけたのと驚いたのとで、ベッドから転げ落ちる。

 意外とドジなところがあるんだな、と、コーヒーを淹れていた雪人は逆に冷静になった。

「大丈夫ですか?」

「うー……春日井? ここは……?」

 一度来たことのある部屋だが、記憶にないようだ。

「僕の部屋です」

 言いながら、自分のためのコーヒーを、彼に渡した。きょろきょろと見回して、士狼は昨夜の醜態をいくらかは思い出したのだろう。「ごめん! 迷惑かけた、よな?」

 雪人の機嫌をうかがう視線に、酔っ払って家に帰れなくなったことは思い当たっても、タクシーの中で犬のように甘えてきたのは、なかったことになっているようだ。

 仕事のできる頼れる先輩であろうとする彼に、わざわざ情けなくも可愛らしい酔態を報告することはない。

「まあ、多少……タクシー代が痛かったですね」

「わー! すまん! 本当に、すまん! 奢るって言ったのに!」

 雪人が取っておいたレシートを確認して、代金を出す。それでも士狼は気が済まない様子で、

「この埋め合わせは、また来週! な!」

 と、雪人の両手を握りしめ、力強く迫った。

 まさか二度目があるとは思っていなかった。雪人は目を白黒させながら、「今度はアルコール抜きにしましょう」と、精一杯冗談めかして言った。

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