不幸なフーコ(1)

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ライト文芸

 ぬるい風が、真新しいスカートを翻していく。中が見えるのだけは阻止しなければならない。視界内に人影は見当たらないが、どこで誰が見ているか、わからないのだから。

「フーコ。そろそろ行かないと。入学式から遅刻は、シャレにならないって」

 傷ひとつない鞄で裾を押さえた私とは違い、しゃがんだ風子ふうこのスカートは、完全に捲れ上がっている。見せパンの存在を知らぬ彼女のスカートの中は、全面にウサギのイラストが印刷された、薄いピンク色。

 誰もいないことを確認してから、風子の元に近づいて、スカートを直してやった。卒業生から譲ってもらったから、彼女のスカートはすでに擦れて、テカってしまっている。そのうえ土埃で裾が汚れ、真っ白な靴下も、薄茶に染まっていた。

「おじいちゃんたちと行く予定だったの、フーコのわがままで遅らせたんでしょ。早く合流しなきゃ」

 昨夜は雨が降っていて、桜の花もだいぶ散ってしまっていた。風子がしゃがみこんで弄り回しているのは、アスファルトで舗装されていない地面である。当然ぬかるんでいて、祖父母が今日この日のために用意してくれた新品のローファーの底は、泥だらけだ。

「ねえってば」

 私の呼びかけに、風子は応えない。ご機嫌な彼女は、鼻歌交じりに地面に生えた草の中を掻き分けている。こうなったら最後、目当てのものを見つけるまで止まらないということを、私は知っている。

 大きく、溜息をひとつ。

 やっぱり、両親と一緒に登校すべきだったかな。

 一緒に行かないと言ったとき、父は寂しそうだった。せっかく有休を取った、娘の晴れの日。最初から最後までビデオに収めようとしていたけれど、小学生じゃあるまいし。

 逆に、母は淡白だった。

 あんたって、昔からそうよね、と。何でもひとりで決めて、事後承諾。おかげで助かるけど、とのこと。

 そりゃそうだ。三人姉弟の一番上。しっかり者の姉を自負している。

 ふたつ。

 風子は危なっかしい。知らない人にフラフラついていきそうだし、実際今も、午後一時からの入学式のことなんか、頭から完全に抜け落ちてしまっている。

 彼女は祖父母に育てられていて、二人は孫娘に甘い。「野乃花ののかちゃん。くれぐれも、風子のことをよろしくね」と、頼まれている。

 二人に頼まれずとも、私は風子を見捨てない。たとえ母に、微妙な顔をされたって。

 みっつ。

 風子を学校に無事に連れて行き、そして家に連れ帰ることは、小学校のときからの、私の義務だ。

「あった!」

 よっつめの溜息の前に、大きな声が風子から上がる。

 ぴょん、とゴムボールのように跳ねながら立ち上がった彼女が、振り返った。さっきまで私の存在を無視してきた相手とは思えない、とびきりの笑顔で突きつけてくる。

「四つ葉のクローバー!」

 幸福の象徴だという、それ。

「ののちゃんにあげる!」

 私にくれるという風子の笑顔は幸せそうだけれど、彼女の実情は決してそうではないということを、私は知っている。

「ありがとう」

 もういくつめになるのかわからない四つ葉のクローバーを、私は彼女の手から受け取った。摘まんだ指先からは、青臭い、春の匂いが漂ってくる。

 今日から私たちは、高校生。周りや私は、どんどん大人になっていくけれど、風子だけは出会った頃と変わらない。

 小学校六年生でぴたっと止まってしまった背丈だけじゃない。天真爛漫な振る舞いが、周りに煙たがられるのも、昔からだ。

 変わらないからこそ、私は風子のことを、好きだと思う。

2話

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