ぬるい風が、真新しいスカートを翻していく。中が見えるのだけは阻止しなければならない。視界内に人影は見当たらないが、どこで誰が見ているか、わからないのだから。
「フーコ。そろそろ行かないと。入学式から遅刻は、シャレにならないって」
傷ひとつない鞄で裾を押さえた私とは違い、しゃがんだ風子のスカートは、完全に捲れ上がっている。見せパンの存在を知らぬ彼女のスカートの中は、全面にウサギのイラストが印刷された、薄いピンク色。
誰もいないことを確認してから、風子の元に近づいて、スカートを直してやった。卒業生から譲ってもらったから、彼女のスカートはすでに擦れて、テカってしまっている。そのうえ土埃で裾が汚れ、真っ白な靴下も、薄茶に染まっていた。
「おじいちゃんたちと行く予定だったの、フーコのわがままで遅らせたんでしょ。早く合流しなきゃ」
昨夜は雨が降っていて、桜の花もだいぶ散ってしまっていた。風子がしゃがみこんで弄り回しているのは、アスファルトで舗装されていない地面である。当然ぬかるんでいて、祖父母が今日この日のために用意してくれた新品のローファーの底は、泥だらけだ。
「ねえってば」
私の呼びかけに、風子は応えない。ご機嫌な彼女は、鼻歌交じりに地面に生えた草の中を掻き分けている。こうなったら最後、目当てのものを見つけるまで止まらないということを、私は知っている。
大きく、溜息をひとつ。
やっぱり、両親と一緒に登校すべきだったかな。
一緒に行かないと言ったとき、父は寂しそうだった。せっかく有休を取った、娘の晴れの日。最初から最後までビデオに収めようとしていたけれど、小学生じゃあるまいし。
逆に、母は淡白だった。
あんたって、昔からそうよね、と。何でもひとりで決めて、事後承諾。おかげで助かるけど、とのこと。
そりゃそうだ。三人姉弟の一番上。しっかり者の姉を自負している。
ふたつ。
風子は危なっかしい。知らない人にフラフラついていきそうだし、実際今も、午後一時からの入学式のことなんか、頭から完全に抜け落ちてしまっている。
彼女は祖父母に育てられていて、二人は孫娘に甘い。「野乃花ちゃん。くれぐれも、風子のことをよろしくね」と、頼まれている。
二人に頼まれずとも、私は風子を見捨てない。たとえ母に、微妙な顔をされたって。
みっつ。
風子を学校に無事に連れて行き、そして家に連れ帰ることは、小学校のときからの、私の義務だ。
「あった!」
よっつめの溜息の前に、大きな声が風子から上がる。
ぴょん、とゴムボールのように跳ねながら立ち上がった彼女が、振り返った。さっきまで私の存在を無視してきた相手とは思えない、とびきりの笑顔で突きつけてくる。
「四つ葉のクローバー!」
幸福の象徴だという、それ。
「ののちゃんにあげる!」
私にくれるという風子の笑顔は幸せそうだけれど、彼女の実情は決してそうではないということを、私は知っている。
「ありがとう」
もういくつめになるのかわからない四つ葉のクローバーを、私は彼女の手から受け取った。摘まんだ指先からは、青臭い、春の匂いが漂ってくる。
今日から私たちは、高校生。周りや私は、どんどん大人になっていくけれど、風子だけは出会った頃と変わらない。
小学校六年生でぴたっと止まってしまった背丈だけじゃない。天真爛漫な振る舞いが、周りに煙たがられるのも、昔からだ。
変わらないからこそ、私は風子のことを、好きだと思う。
>2話
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