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<18話
勉強会はその後は和やかに再開された。綾斗をなだめながら、夕方になり、母親が帰宅する前に風子を帰す。
「哲宏の教え方、わかりやすかったでしょ?」
「うん!」
「また教えてもらいたいよね?」
「うん!」
よし、これで言質は取った。風子のために哲宏の予定を聞いて、両親が家を空けている日と調整をして、夏休み中にあと二回か三回か開催する予定だ。
ここで哲宏のよさをわかってもらって、あの男から引き離すことができればいいのだが。
哲宏は、私だけがいる場であれば、「お前何を考えてんの?」と、文句を言ってきたに違いないが、風子の前で余計なことは言えない。苦いものを飲み下した顔で、
「俺でよければ」
などと請け負ったので、こちらも男に二言は言わせない。
私たちの家と風子の家は近所同士だが、それでも私は彼女のことを送っていく。
「もうちょっと信じてやれよ」
哲宏は呆れたが、小学校の下校のときに、自分も迷惑をかけられただろうに。いったいどこを信用すればいいのか。
私が彼と押し問答をしている隙にも、風子は何に気を取られたのか、ずんずんと自宅とは逆方向に進んでいってしまう。
ほらね、と示せば、哲宏も溜息しか出なかった。
「そういえば、ののちゃん。お祭り行く?」
「祭り? ああ、花火大会か」
お盆の季節には、近所の川で花火大会が行われる。
中学までは、親と一緒じゃないと行ってはいけないと言われていた。実際、学校の言いつけを破って友人同士でこっそり参加した男子たちは、休み中にもかかわらず、親ともども呼び出しを食らっていた。
高校では、諸注意として三人以上で固まって動くことや、屋台で買ったもののゴミをその辺に捨てたりしないこと、変な人間(要するに男である)に絡まれたら、すぐに警察に通報、学校にも連絡することを言い渡された。友達同士で参加してはならないとは、どこにも書いていない。
「風子は誰かと一緒に行くの?」
そんな相手がいないこと、私は重々知りながら尋ねた。
「うんとね。ののちゃんと一緒に行きたいな」
のほほんとした口調で破顔されては、私に断る理由はなかった。まったく甘え上手で困る。風子の頭を撫でる。
「いいよ。でもあと一人、必要だよね」
頼み込めば、哲宏はついてきてくれる。学校の友達との付き合いもあるかもしれないが、こちらはか弱い女子二人組。夜の人混みは、何が起きるかわからないと拝み倒せばいける。
もしも哲宏が学校の友達と約束しているのだとすれば、そこに混ぜてもらおう。頭のいい学校の男子と遊べば、風子もあの男のことなんて、忘れるに違いない。
哲宏の名前を出そうとした私に、風子は首を横に振った。
「もう一人は決まってるの」
なんだか嫌な予感がした。とろりと下がった目尻は、わずかに赤い。
「へえ。誰? 私の知ってる人?」
努めて冷静に、問い詰めた。私の心配をよそに、少しだけ先を歩いていた風子が振り返って答える。
「崇也センパイ。妹も一緒だけど、それでもよければ行かないかって、誘ってくれたの」
「へえ」
乾いた声が出た。あの男への、猛烈な怒りが込み上げてくる。
いいよと言ってしまった手前、行かないと翻すこともできないし、心から楽しみにしている風子を見ていると、行くなとも言えない。
「こういうイベントって、人数多い方が楽しいんだよね。女ばっかりだとセンパイも気を遣うだろうし、男子がもうひとりくらいいた方がよくない? 哲宏のこと誘ってみようかな」
勝手に人数を増やす算段をしても、風子は文句を言わなかった。どころか、「いいね、それ!」と、手を打った。
隣で見ている私にすら、風子が金髪男に恋をしているのはわかる。なのに、当の本人は気づいていないらしい。
夏祭りでは、風子と奴を引き離そう。ついでに哲宏といい感じになってくれれば、一気に片がつく。
天木家に風子を送り届けた私は、そのままスマホをポケットから取り出して、哲宏に連絡を入れた。
>20話
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