不幸なフーコ(24)

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ライト文芸

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23話

 小学校五年生。宿泊研修のときのことだった。

 少年の家、とかいう宿泊施設が郊外にあり、そこで一泊二日、外でご飯を食べたりスタンプラリーをしたり、とにかく自然と触れ合う学校行事である。

 転校してきてから一年経っても、風子は変わっていなかった。私は学校では常に彼女のお守り役で、当然、宿泊研修の班も、彼女と一緒だった。

 その頃はまだ、風子の突拍子もない行動に驚かされるばかりだったし、半ば嫌々、お目付役をしていた。手を離したところで何かあったって、私のせいじゃない。当時はそれほど責任を感じていなかった。

 夜中にふと目を覚ますと、「うー、うー」という低い唸り声が聞こえた。施設は森に囲まれていて、野生動物がいて危険だと言われていた。不安を覚えつつも、てっきり野犬か何かの声だと思い、寝直そうとした。

 ところが、どうも声は部屋の中から聞こえる。

 私は身体を起こし、二段ベッドの下を覗いた。唸り声は、風子のものだった。普段の甲高い女の子の声とは違って、本当に獣の鳴き声みたいだった。

 悪い夢を見ているのだ。

 私はハシゴを下りて、彼女を揺り起こした。しばらく歯を食いしばっていた風子が目を開けると、焦点の合わない目をしていた。

「どうしたの? 怖い夢でも見た?」

 他の班員は熟睡している。邪魔しないよう、小さな声で語りかけると、風子は現実に戻ってきて、同時にはらはらと涙を零した。

 要領を得ない彼女の説明をまとめると、母親と姉の夢を見たのだという。

 風子が母親に捨てられた、というのは、近所の人や小学校の同級生たちも周知の事実だった。

 だが、姉がいる、というのは初耳だった。風子の祖父母にもよくしてもらっていたけれど、彼らも何も教えてくれなかった。

 姉は中学三年生。ただし、風子の言うことだから、間違っているかもしれない。

 とにかく中学生以上で、風子は母よりも姉のことを慕っていた。仕事だと言って夜遅くに酔っ払って帰ってくる母親よりも、風子にとっては身近な保護者だった。

「お母さん、お姉ちゃんだけ連れていったの」

 自分のことは一通りなんでもできる姉だけを連れて、育てにくい風子は、自分の両親に押しつけた。なんて身勝手な親。

「お姉ちゃん、フーコと一緒にいたいって言って泣いてたの」

 言いながら思い出して、懐かしさと悲しさが混ざった表情をする風子に、同情心がむくむくと沸いた。

 風子は小さくて、可愛い。初めて祖父母のいないお泊まりで、心細くて泣いてしまうほど、弱い。

 守ってあげなきゃならない。姉がいないのなら、誰が?

 私しか、いないじゃない。

「フーコ。私がフーコのお姉ちゃんになってあげる」

「え?」

 それまでは学校の先生に言われて、「はいはい」と従っていただけだった私が、初めて自分から、風子の傍にいたいと思った瞬間だった。

 風子をベッドの端に寄せて、乗り込む。同じ布団に入って、彼女の身体を抱き締めた。柔らかくて硬い。たぶん、風子も同じように私の肉体を感じている。

 私は、実生活でもお姉ちゃんだ。下には二人、妹と弟がいる。

 弟はまだ小さくが、妹は年が近い。この妹の方は、私のことを姉だと思っているのかいないのか、特に最近、冷たいのだ。

 自分のことはなんでも自分でできるもん、という顔をして、まったく甘えてこない。

 私は風子に、理想の妹を重ねていた。だから風子も、私の中に姉を見てほしい。そうすれば、一方的ではない関係になる。

「私はフーコの、お姉ちゃんで親友。最高じゃない?」

 風子はいまだ涙の残る目を瞬かせると、やがてにっこりと笑った。

「うん! 最高」

 だから、私は風子から悪い虫を遠ざけなければならない。当時中学生だったという姉は、今はもう、大学生か社会人か。なのに天木家に顔を見せに来ないということは、そういうこと。

 彼女を守れるのは、私だけなのだ。

25話

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