不幸なフーコ(26)

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ライト文芸

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25話

 文化祭の出し物は大きく分けて三種類。展示とステージ発表と模擬店だ。文化部は自分たちの日頃の成果を発表する舞台として、作品展示をしたり、体育館ステージで音楽や演劇を行う。

 クラスの出し物は、ほとんどが模擬店だ。共学校と違って、男子の手を借りられない。それでも、自分たちで外にテントを立てて、焼きそばやたこ焼きを作るクラスもある。

 だいたいそういう大変なのは、普通クラスの生徒がやる。特進クラスは学校行事に燃える! という生徒もあまりいないので、できる限りラクに、室内で済ませたいと思うもの。

 そんなわけでうちのクラスは、プリクラ屋をすることになった。

 たまたま写真館の娘がクラスメイトで、機材を安く借りられることになった。パソコンは担任が貸してくれる。加工ソフトは、クラスに絶対に何人かはいるオタク系の子たちが習得することになっている。

 本物のプリントシール機なら、自分たちでラクガキができるけれど、模擬店ではさすがに、そうはいかない。

 なので、写真を撮るときに使える背景やフォトプロップスを準備する。それから、教室の装飾やポスター、ビラも。

 私は絵がうまくないし、手先もさほど器用ではない。そのため、当日の撮影をメインにすることになっていた。

 事前準備は、デザインセンスがあったりイラストが上手だったりする子の指示に従って、色を塗ったり、紙を切ったり。

 責任のある仕事は何もしていないので、すぐに抜け出すことができた。

 そっと音もなく、トイレに行くのと同じくらい自然に教室を離れ、私は風子の元に向かった。

「フーコ。手紙、準備できた?」

「あ、うん。はい、ののちゃん。哲宏くんによろしくね」

 フーコは器用にハート型に折った手紙とチケットを手渡してきた。確認して、ぐちゃぐちゃにならないように気をつけて、ポケットにしまう。

 そこでさようなら、でもよかったのだが、私は風子に尋ねた。

「フーコのクラスって、文化祭何やるんだっけ?」

「うちは縁日だよー。射的とか輪投げとかするの」

 うちのクラスと比べると、大変そうだ。景品も用意するから、ののちゃんも来てねと誘われる。

 もちろん、と請け負ったところで、「天木さーん。早くー」と、風子が呼ばれてしまった。

「あ、うん。今行くね」

 じゃあ、と彼女がクラスメイトのところに行くのを見送る。そのまま帰ろうとしたが、私の目にはとんでもない光景が飛び込んできた。

「待って! 待って待って! 危ないじゃない!」

 思わず叫び、ずんずんと教室の中に入りこむ。お邪魔します、の一言もなく侵入してきた私を見る目のほとんどは、驚きと呆れに満ちていたが、気にする暇もない。

 だって、風子が金づちを持っているんだから!

 どうやら彼女は、看板を作るチームらしい。女子校だから、大工仕事も自分たちでこなさなければならないのはわかっているが、何も風子にやらせなくてもいいだろう。

「ちょっとやめてよ。フーコ、こんなのやったことないでしょ? 指ぶつけて痛い思いするよ?」

 ちょっとキツめに言った。私は風子のためを思って注意したのだが、周りからは「ちょっと過保護じゃない?」と、呆れ声が飛んだ。

 私はそのすべてを無視して、風子だけを見つめる。

「ね? フーコ。痛いの嫌だもんね? 私が代わってあげる!」

 彼女の手から、金づちを取り上げた。力が入っていなかったのか、簡単に奪い取ることができた。

 私は風子の近くにいた子に、「ここでいいの?」と確認して、リズミカルに角材とベニヤ板を打ちつけた。

 私だって大工仕事は、技術の時間にちょこっとしかやったことがない。それも、中学時代の話だ。女子校の技術家庭は、技術よりも家庭科重視で、なんなら技術室すら存在しない。でも、風子がやるよりはマシだろう。

 なんとか真っ直ぐに釘を打つことに成功した。私は風子に、

「ほら。あんただったら、指ケガしてるところだよ」

と、言い聞かせた。

 彼女はなんだか寂しそうに、「うん……そうだね」と言った。物言いに違和感はあったものの、肯定の返事には違いない。ひとまず置いておく。

「次は何をするの?」

 えっ、という顔をしたのは風子だけじゃなかった。

「えっと、ののちゃんさん? 自分のクラスは……?」

「いいのよ。私じゃなきゃできないことなんて、一個もないし」

 クラス委員でもないし、文化祭実行委員でもない。言われたことを、文句を言わずにやるだけなら、誰にだってできる。

 それなら、風子が迷惑をかけるだろう彼女のクラスの準備を手伝ってあげた方がいい。

 風子のクラスメイトは、お互いに顔を見合わせ、肩をぶつけ合っている。

 こういう女子のやりとりってウザい。

 言いたいことがあるんなら、はっきりと自分の言葉で言えばいいのに。

 そう思っていたら、別の作業をしていたグループの子がこちらにやってきた。春先、風子をオモチャにしていたギャルのひとりである。

「ねぇ。クラスの人間以外にいられるの、邪魔なんだけど」

 空気が凍りついた。看板作りをしていたメンバーは、そっと風子をかばうように、その場から少し離れた。

 気の強そうな顔をしているギャルの名前を、私は知らない。あっちも私のことを、「ののちゃん」という呼称しか知らない。

「別にいいじゃない。何もできないフーコの分、私が働くって言ってるんだから」

「何もできない? 何もできなくさせてんのは、あんたでしょ?」

 はんっ、と鼻で笑われた。腹の奥からカッと煮えたぎったマグマみたいな怒りが沸いたけれど、我慢した。

 私は風子を振り返る。彼女はきょとんとしていた。目の前で起きている修羅場に、自分が関係しているとはまったく思っていない様子だった。

 私が責められているのはわかっているらしいが、「ののちゃんは悪くないよ!」の一言もない。

 何なの? こっちはあなたのことを思ってやっているのに!

 私は無言で風子や彼女のクラスメイトを睨みつけてから、教室を出た。それから真っ直ぐ自分の教室に帰ると、堤さんが「守谷さん、何してたの?」と、イライラしながら問いかけてきた。

「別に……」

「別に、ってなに? 仕事はいくらでもあるんだよ? 文化祭に部活で何かやるわけでもないんだから、フラフラしないでよ」

 あっちでもこっちでも、私は悪者扱いだ。なんだか笑えてくる。

 というか、堤さんはいったいなんなんだろう。彼女だって、文化祭に関係する役職持ちではない。私と立場は同じなのに、どうしてこんなにえらそうなんだろう。

 とりあえず私はもう、戦う気力はなかったので、「悪かったわ」と、一言。それから、割り当てられた仕事に戻った。そうすれば、特に突っ込まれることもないから。

 堤さんはしばらく不満そうに私を見ていたが、スルーして作業をしていると、やがていなくなった。

 私はひとりで、黙々と作業した。完成してからも、他にすることが思いつかないし、聞けるような雰囲気でもないしで、些細な色むらを直すのに躍起になったりして、ただひたすら、時間が過ぎ去るのを待った。

27話

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