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<33話
思い立ったが吉日、私は風子の家に向かった。彼女の祖父母にどう思われているかわからなかったので、呼び出しは哲宏にしてもらった。
「天木、今は出かけてるって」
今日は朝から冷え込んでいて、空もどんよりと曇っている。雪が降るかもしれない予報が立っていた。
これまでの癖で、「連れ戻さなきゃ!」と、走り出そうとしたが、哲宏に手首を掴まれて引き留められた。
首を横に振る哲宏に、私はもう、彼女を世話する資格なんてないのだと思い直す。
風子には、自分の人生に対する責任がある。私がすべて、肩代わりしてやることは不可能だ。失敗を通じて成長することはたくさんあるはずで、これまで私は、風子がひとりの大人になる機会を、たくさんつぶしてきた。
もちろん、行方不明だとか事故だとか、その可能性が考えられる場合は別。でも、雪が降りそうだという程度の理由で、必死になって風子を連れ戻し、説教をするのはおかしい。
「雪が降るから帰ろうって、言うくらいはいい?」
天気が悪かろうが関係なく、まだ外にいたいというのなら、彼女の手を、無理矢理引っ張ることはしない。哲宏も理解してくれて、私を離した。
「天木のいそうな場所に、心当たりは?」
ふわふわと捉えどころのない子だったから、いろんな可能性が考えられた。
小学校の校庭、公園、スーパーの裏……。
ふと、ポケットの中の栞の存在を思い出す。ああ、そうだ。
私は小さく哲宏に頷くと、走り出した。
『得意なことは、四つ葉のクローバーを見つけることです!』
あの子が夢中になるもののひとつだ。なんとなく、予感があった。高校の入学式の日も、私に笑顔で寄越した、クローバー。あれが生えていたのは、確か。
「フーコ!」
空き地にしゃがみこんでいた風子が、私の声に立ち上がる。手には何本もの緑を持っている。
引きこもっていた期間が長く、走る機会もなかったので、足がもつれた。
何度も風子の名前を呼び、ほとんど転ぶような状態で、彼女の元に辿り着く。呆然と立ち尽くしていた風子は、私が抱きつくと、ようやく、「ののちゃん?」と、声を上げた。
「ホンモノ……?」
「ニセモノのののちゃんって、何よ」
泣き笑いで鼻を啜りながらツッコむと、風子はようやく、これが現実だと認識して、ワァ、と声を上げて泣いた。
「ごめん、ごめんなさい! ののちゃん! ののちゃんが嫌なら、もう崇也センパイには会わないから! 連絡しないからぁ!」
先に盛大に謝られてしまったので、私は風子よりも声を張り上げて謝罪した。
「わ、私の方がごめん! ふ、フーコのこと、何にも考えてなかったんだ!」
「そんなこと、ないよぉ……!」
風子は袖でごしごしと顔を擦ってから、持っていた四つ葉のクローバーを私に差し出した。強く握りしめたせいで、力なく萎れてしまっている。
一本も見つけられたためしのない私からすれば、大量ともいえる四つ葉を、私は「受け取れない」と、首を横に振った。
風子は私の手を強引に引いて、手のひらにクローバーを載せた。そして、私の手ごと包み込んだ。
「ののちゃんは、あたしの大事な人。いつだって、四つ葉のクローバーを受け取ってくれる人!」
まだ涙の残る赤い顔で、風子はいじらしく笑った。私はクローバーをありがたく受け取った。風子をこれ以上、裏切りたくない。
「大切にする……」
今までもらった四つ葉のクローバーは、もうどこかへ行ってしまったけれど、これから風子からもらうものは、全部、大切にしようと誓った。
「ののちゃあん!」
再び感極まった風子と、おいおい泣いていたら、場違いな「へくしゅん!」という、大きなくしゃみ。
思わず目を点にしてそちらを見れば、哲宏が鼻水を拭いていた。
「……とりあえず、あったかいところで話した方がいいんじゃないか?」
格好つけているけれど、綾斗レベルの鼻たれ小僧だった。風子と顔を見合わせたあと、思いっきり噴き出した。嫌そうにしている哲宏が走り出したので、一瞬遅れて、私たちも追いかけた。
>35話
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