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<4話
風子を家まで送り届けた。
高度経済成長期、という歴史の授業でしか知らない時代に、この辺りは開発され、住宅が並び立ったという。
彼女の家は、その頃に建てられたもので、外観は当時のままだ。近所の小学生たちは、ここを「サザエさんの家」と呼んでいる。
あのアニメの一家が暮らす家とは違って、縁側なんかはないのだけれど、子どもにとっては些細な違いである。
玄関まで出てきた風子のおばあちゃんは、「野乃花ちゃん、いつもありがとうねぇ」と言ってくれた。私が「いいえ、私もフーコのことが心配なので」と胸を張ると、おばあちゃんは家に上がるように勧めてくる。
三回に一回は「じゃあ」と、ありがたくおやつをいただくのだけれど、今日は帰ることにした。
風子はひとりだと、家に帰り着くのに時間がかかる。注意力散漫で、気になったものがあれば、すぐにふらふらとそちらの方に行ってしまうせいだ。幼稚園児以下である。
中学では、その行動のクセがより一層問題になる。通学距離が伸びたので、普通に帰るのにもそこそこ時間がかかるようになったからだ。
中学時代、一度インフルエンザで私が学校を休んだ日、風子は一人で帰ってこなきゃならなかった。案の定、暗くなって夕食時になっても帰宅せず、風子の祖母は慌てて交番に相談をしに行った。
それから二時間後にようやく発見された風子は、どこで転んだのか、泥だらけだった。なぜまっすぐ帰らなかったのかと聞かれて、「冬なのに虫が飛んでるのが不思議で、ずっと追いかけてた」と、悪びれもなく答えた。
お腹が空いた、と思い出したように呟いた彼女を見て、警察も呆れたし、回復後に事の顛末を聞いた私は、ますます風子をひとりにしていられないと思った。
風子の家から歩いて五分。似たような建て売り住宅が並ぶ地域に、私の家がある。
「ただいま」
「お帰り」
家族ではない人間の声がして、靴を脱ぎかけて、一瞬止まってしまった。すぐにハッとなってどたばた脱ぎ捨て、声がしたリビングの方へ。
「哲宏。なんでうちにいるのよ」
自分の家のようにくつろいで、マンガから目を離さないのは、隣の家に住む同い年の幼馴染みである。
中学まではずっと同じクラスだった。小学校は二クラスしかなかったからありうる話だが、中学では倍。ちなみに、学校側も風子と私を引き離すのは問題が発生しそうだという判断で、転校してきてからは彼女も同じクラスだった。
だから、哲宏は風子のこともよく知っている。知っているからといって、仲がいいというわけではない。
まぁ、哲宏は誰に対してもドライなのだが。
「綾斗にマンガ貸す約束してたから来たんだけど、お前んちの母ちゃんに留守番頼まれた」
弟の綾斗は小学生で、サッカー少年団の活動で毎日忙しい。母は専業主婦だが、家事の他にも弟のサポートやボランティアなど、非常に活動的だ。
うちにはもう一人、妹の凜莉花がいる。中学二年生の彼女もまた、部活に励んでいるため、家と学校を往復するだけの私が、一番在宅の時間が長い。
「私が帰ってきたから、もう留守番はいいよ。マンガも綾斗に渡しておくし。自分ち帰ったら?」
男女の幼馴染み、しかもお隣さんというと、周りは勝手に甘酸っぱい妄想をする。
子どもの頃は、お互いの家で遊んだり、一緒にお風呂に入れられたこともあるけれど、今はただの友人でしかない。
言葉にトゲを感じたのか、哲宏はようやく顔を上げた。本を閉じて、こちらを見る。
>6話
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