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<10話
陛下。妃教育といえば、もうひとつ……」
「必要ない」
皆まで言わせず、却下した。
カミーユが言いかけたのは、後宮に集められた妃たち全員に施される、房中術についてである。召し上げられる令嬢たちは当然、男性経験がない。竜王の欲を満足させるためには、口や手で喜ばせる術を持たなければ、いかに丈夫な肉体の竜人族であっても、身体を壊してしまう。
そのため、後宮には、古来から伝わる性の秘技を乙女たちに実践によって教えるための女が雇われている。
男の妃の場合は、後宮の外で女性との経験を済ませていることがほとんどであるし、竜王が老齢になってから迎えることも多いので、これまでさほど問題にはならなかった。
「しかし、ベリル様はおそらく、女性との経験も」
「わかっている」
会話の端々から、ベリルが清らかな身であることは明らかであった。
竜王との交わりは、普通の竜人とのそれよりも、激しい。ベリルに受け入れてもらう予定の性器は、太さも長さも、信じられないほど大きいらしい。いくら丈夫なベリルであっても、中を抉られれば傷つく。初体験であれば、なおのこと。
それでも、他の誰かがベリルに触れるのが、許せない。少し想像しただけで、相手の連中を全員、噛み切ってやると殺意が漏れて、カミーユを怯ませる。
竜は生来、独占欲が強い。
孤独に生まれつき、王となる以外の道がなく、産まれて二年余りで、王城へと移される。普通の子供が親兄弟や友人から与えられる愛情の、半分も受けずに育つ。その餓えを満たすために、後宮に数多の妃を迎える。肉欲と空虚な心を同時に満たすことで、ようやく人心地つく。
シルヴェステルは、長くひとりだった。後宮は建物としてあるだけで、華やかで静かな妃同士の戦いなど、遠い過去のものだ。孤独を埋めるために娼婦を抱いても、肉体がすっきりするだけで、心は渇くだけ。
だが、ベリルを見た瞬間、一滴の雫が胸を潤した。彼は他の者とは違う。特別な存在だった。
妃などいらないと強情なシルヴェステルに、先代は、「いつか運命が、向こうから勝手にやってくる」と言った。老い衰え、寝台から起き上がれない状態だったので、遺言のようなものだ。
ようやく、彼の言葉通りに愛を傾けることのできる相手を見つけたのだ。この手に抱え込んで、離さない。
シルヴェステルの沈黙に、カミーユは最敬礼で謝罪をする。
「差し出た真似を」
「いや……お前の心配も、もっともだ」
肩の力を抜き、シルヴェステルはできあがった書類をふたつの束に分けて、彼に渡した。ベリルについて話をしながらも、手を止めることはなかった。半分以上は再審議を突きつけたが、ほとんどはそのまま再び提出されるであろうことはわかっていた。駄目でもともと、諦め半分だった。
書類を関連部署に配り、竜王の意志を汲んで伝えるために出て行こうとしたカミーユは、一度振り返った。
「最後に、報告し忘れたことが」
「カミーユ?」
退路を確保した状態を用意周到に保ち、彼は最優先で報告すべきことを、いまさらになって告げた。
「ベリル様に、人間の友人ができました」
言い逃げて、即座にいなくなったカミーユを追いかけることができなかったのは、あまりにも驚いたせいだった。どこの誰とも言って行かなかったカミーユの幻影に吼えても、もちろん答えは得られない。
>12話
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