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<18話
「大丈夫です」
「あれだけ咳が止まらなかったのだぞ。毒の影響に違いない」
ぐっすり眠ったおかげか、ベリルの身体から疲労は消えていた。空気に混じっていた毒を摂取したのではなく、毒を飲まないようにと肉体が警告してくれていたに違いない。
「葡萄酒の匂いにやられただけです」
すこぶる健康であることを示すため、立ち上がったベリルは、ぴょんと跳ねてみたり、その場で駆け足をして見せたが、シルヴェステルは眉間に皺を寄せ、険しい表情のままだ。
したくない、のだろうか。
それなら縋るベリルの手を振り払い、自分の居室に戻ってしまえばいいだけだ。そうしないのは、ベリルと同衾したくても、躊躇してしまう事情がどこかにあるのではないか。
「陛下は、俺を抱きたくないのですか」
直裁な物言いをしてしまった羞恥で、頬が熱くなる。欲求不満を募らせて、抱かれたいみたいだ。
シルヴェステルは、硬い表情ながら、困っているようだった。長い髪の先を指に絡ませる動作を、無意識に繰り返している。
「俺は、陛下になら……」
恐ろしいけれど、シルヴェステルの愛情に自分が返せるものといえば、自身の肉体しかない。
彼の空色も、自分の明るい緑も、ランプの淡い光の中では、区別がつかない。なのに、注視するベリルの目の色を、彼ははっきりと見分けているようだ。
「私がその目に弱いと、知っているだろう」
そう言って、彼は広いベッドに腰かけた。
「寝癖がついているな」
髪を撫でつける手が大きくて、心地よい。されるがままになり、うっとりと「陛下……」と、シルヴェステルに手を伸ばす。そのまま引かれ、ベリルの小さな身体は、すっぽりと抱き締められる。
「ベッドの上では、陛下ではなく、シルヴェステルと」
「シル……?」
舌がもつれて名前を呼ぶことができないのを察して、シルヴェステルは一字ずつ区切り、縮めた愛称を教えてくれた。
「シルヴィ……シルヴィ」
何度も呼ぶと、シルヴェステルは嬉しそうに笑う。この世のものとは思えない美しい顔が近づいてくる。耳朶をさわりと掠める吐息が熱い。
「ベリル。お前を傷つけてしまうのが、怖い。私の相手はこれまで、身体と心のどちらか、あるいは両方が、壊れてしまったから」
竜王の独占欲は、常人の想像を超えるものだと、シルヴェステルは苦しい心のうちを告げた。
これまで相手にしてきたのは、人間の娼婦だった。性欲を満たし、孤独を癒やすため、身請けして連れてこられた。
「彼女たちのことは、なんとも思っていなかった。それでも私は、止められなかった。苦しい痛いと叫んでいても、犯し尽くして」
朝になると目の前には、壊れた女が転がっている。
「私はお前が欲しい。最初はその目を求めた。けれど今は、すべてが。決して止められない」
こんなに弱々しいシルヴェステルの姿を見たのは初めてだった。ベリルは震える彼の手を取り、ぎゅっと握りしめた。
「俺の持ち物なんて、自分の体くらいしかないんです。どうぞ使ってください」
熱心にベリルが説得すると、彼は首を横に振り、そんなこと言うものじゃないと、唇に人差し指を押し当てて黙らせる。
「お前が私と普通に接してくれていることが、どれだけ私の安らぎになっていると思っているんだ」
しみじみと噛みしめるシルヴェステルに、ベリルは「じゃあ」と笑顔を向ける。
「俺とひとつになったら、もっと安らげるかもしれませんよ?」
ことさらに無邪気に提案すると、彼は苦笑した。空気が変化したのは、そのすぐ後のこと。
「本気でやめてほしかったら、私を殺すつもりで止めてくれ」
顎を捉えられ、上向きにされた。経験も記憶もないが、何をすべきかは本能でわかる。
ベリルが目を閉じるとすぐに、柔らかな唇同士が触れ合った。
>20話
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