孤独な竜はとこしえの緑に守られる(19)

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18話

「大丈夫です」

「あれだけ咳が止まらなかったのだぞ。毒の影響に違いない」

 ぐっすり眠ったおかげか、ベリルの身体から疲労は消えていた。空気に混じっていた毒を摂取したのではなく、毒を飲まないようにと肉体が警告してくれていたに違いない。

「葡萄酒の匂いにやられただけです」

 すこぶる健康であることを示すため、立ち上がったベリルは、ぴょんと跳ねてみたり、その場で駆け足をして見せたが、シルヴェステルは眉間に皺を寄せ、険しい表情のままだ。

 したくない、のだろうか。

 それなら縋るベリルの手を振り払い、自分の居室に戻ってしまえばいいだけだ。そうしないのは、ベリルと同衾したくても、躊躇してしまう事情がどこかにあるのではないか。

「陛下は、俺を抱きたくないのですか」

 直裁な物言いをしてしまった羞恥で、頬が熱くなる。欲求不満を募らせて、抱かれたいみたいだ。

 シルヴェステルは、硬い表情ながら、困っているようだった。長い髪の先を指に絡ませる動作を、無意識に繰り返している。

「俺は、陛下になら……」

 恐ろしいけれど、シルヴェステルの愛情に自分が返せるものといえば、自身の肉体しかない。

 彼の空色も、自分の明るい緑も、ランプの淡い光の中では、区別がつかない。なのに、注視するベリルの目の色を、彼ははっきりと見分けているようだ。

「私がその目に弱いと、知っているだろう」

 そう言って、彼は広いベッドに腰かけた。

「寝癖がついているな」

 髪を撫でつける手が大きくて、心地よい。されるがままになり、うっとりと「陛下……」と、シルヴェステルに手を伸ばす。そのまま引かれ、ベリルの小さな身体は、すっぽりと抱き締められる。

「ベッドの上では、陛下ではなく、シルヴェステルと」

「シル……?」

 舌がもつれて名前を呼ぶことができないのを察して、シルヴェステルは一字ずつ区切り、縮めた愛称を教えてくれた。

「シルヴィ……シルヴィ」

 何度も呼ぶと、シルヴェステルは嬉しそうに笑う。この世のものとは思えない美しい顔が近づいてくる。耳朶をさわりと掠める吐息が熱い。

「ベリル。お前を傷つけてしまうのが、怖い。私の相手はこれまで、身体と心のどちらか、あるいは両方が、壊れてしまったから」

 竜王の独占欲は、常人の想像を超えるものだと、シルヴェステルは苦しい心のうちを告げた。

 これまで相手にしてきたのは、人間の娼婦だった。性欲を満たし、孤独を癒やすため、身請けして連れてこられた。

「彼女たちのことは、なんとも思っていなかった。それでも私は、止められなかった。苦しい痛いと叫んでいても、犯し尽くして」

 朝になると目の前には、壊れた女が転がっている。

「私はお前が欲しい。最初はその目を求めた。けれど今は、すべてが。決して止められない」

 こんなに弱々しいシルヴェステルの姿を見たのは初めてだった。ベリルは震える彼の手を取り、ぎゅっと握りしめた。

「俺の持ち物なんて、自分の体くらいしかないんです。どうぞ使ってください」

 熱心にベリルが説得すると、彼は首を横に振り、そんなこと言うものじゃないと、唇に人差し指を押し当てて黙らせる。

「お前が私と普通に接してくれていることが、どれだけ私の安らぎになっていると思っているんだ」

 しみじみと噛みしめるシルヴェステルに、ベリルは「じゃあ」と笑顔を向ける。

「俺とひとつになったら、もっと安らげるかもしれませんよ?」

 ことさらに無邪気に提案すると、彼は苦笑した。空気が変化したのは、そのすぐ後のこと。

「本気でやめてほしかったら、私を殺すつもりで止めてくれ」

 顎を捉えられ、上向きにされた。経験も記憶もないが、何をすべきかは本能でわかる。

 ベリルが目を閉じるとすぐに、柔らかな唇同士が触れ合った。

20話

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