孤独な竜はとこしえの緑に守られる(23)

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22話

「私は、人間の母から生まれた」

 竜王は、竜人族ではない。本性は、硬い鱗に覆われた巨大な身体の竜そのものだ。

 王が衰えると、国のどこかで竜王となる者が産み落とされる。人型は仮初めの姿だ。必然的に、産まれたばかりの竜王は、トカゲのような姿をしている。

「竜人の女ならば、竜王への理解がある。誇りにすら思う。国から報奨金が支払われるから、なおさらだ」

 次代の竜王を産み落としたことは、国の誉れ。貴族の家柄から産まれることが多かったが、商人や地方の豪農出身の竜王も、歴史上の記録に残っている。

「私の母は、娼婦だったらしい」

 美貌と肉体で、高級娼館の看板だった。竜人同士で番うのが普通だが、中には人間の女を好む者もいた。政治的に異種族婚は歓迎されないたため、夫婦になることは滅多にない。

 母が暮らしていた娼館は、人間の女を好む竜人族の男を対象に商売をしていた。

 そこで、母は自分を妊娠した。堕胎薬を飲んでも流れないままで、産み月を迎えた母は、シルヴェステルを産み落とした。

 産婆が悲鳴を上げて逃げだし、母は陣痛と疲労で朦朧とした頭で、自分の子供を見て、気絶した。

 己の産んだ子供は、人間ではなかった。大きな白いトカゲが、自分の股の間で血と羊水に塗れて、這いずり回っている。

 竜人族なら歓喜と祝福の声が上がる場面だが、人間族である彼女にとっては、悪夢でしかない。

 火の中に入れられても、水に沈められても、白トカゲは死ななかった。竜王は、寿命以外で死ぬことはほとんどない。熱にも強く、水中では仮死状態になり、自分の身を本能で守る。

 三ヶ月後、王宮から迎えが来たときには、もう遅かった。母は狂ってしまった。療養院に入院したが、すぐに亡くなったと聞く。

 竜人は、人間を見下している。だから、人間の母から産まれたシルヴェステルも、言葉では敬いながらも、態度で馬鹿にする。保護された王宮の中も、居心地のいい空間ではなかった。人型を取ることができるようになっても、何も変わらない。

 優しく接してくれたのは、先代の竜王と、同じ子供だからとあてがわれたカミーユだけだ。老いた先代はシルヴェステルを、自分の本当の子供のようにかわいがってくれた。カミーユはまだ幼く、偏見に染まり切っていない。心から主として敬ってくれた。

 二人からじゅうぶんすぎるほどの愛を受け取っても、乳児期においては、母という存在は特別だった。竜はすべてにおいて規格外。産まれた直後から、自分の受けてきた仕打ちを記憶している。

 母に一度も抱かれることがなかったこと。愛されることがなかったこと。

 自分は化物なのだ。

 シルヴェステルが絶対的な孤独に、気づいた瞬間だった。

「竜王であったとしても、幼少期は母や父、周囲の家族に慈しまれるが、私には親の愛情が欠落している」

 シルヴェステルが人間の女に寂しい独り寝を埋めることを求めざるをえなかったのは、竜人たちが人間の腹から産まれた王に、娘を差し出すことを拒んだせいだった。竜人族の女を扱う娼館もあるが、いくら金を積んでも、人間の腹から産まれた竜王に身を任せるのは嫌だと、きっぱりと断られた。

 初めての相手になった娼婦は、優しかった。身請けの相手が王だと知ると一瞬怯えたが、金払いのいい相手には尽くすのが、彼女たちのあり方だ。人間の商売女はプライドが低く、娼婦としての職業意識が高い。

 豊満な肉体に抱き締められ、「あなたを愛さないなんて、どうかしているわ」とはすっぱな礼儀知らずの口調で囁かれた瞬間、シルヴェステルは暴走していた。

 初めて与えられた柔らかな感情を独占し、離したくないと思った。次の日の朝、ベッドの上に転がっていたのは、ぶつぶつと何事かをつぶやき、シルヴェステルの声に過剰に反応して怯えるばかりの人形。完全に心が壊れてしまっていた。

 その後やってきた女性たちにも、シルヴェステルは手加減できなかった。この夜の内に、完全に自分のものにしなければならないという、焦りを覚えた。

 そして次の朝、後悔と罪悪感に苛まれる。

「ベリル。お前は私の希望だ」

 竜王の威光に怯えず、まっすぐに見つめてくる緑柱石の輝きに惹かれた。それだけじゃない。事故に遭っても無傷だったことは、シルヴェステルにとっては好都合だった。もしかしたら彼は、自分に抱かれても、壊れないかもしれない。

 そんな打算も、後朝(きぬぎぬ)を無事に迎えられた今となっては消し飛んだ。シルヴェステルはベリルを手放したくないと、心から思う。

「あなたは、家族が欲しかったんですね、ずっと」

 家族。

 シルヴェステルには、まるで縁のない言葉だ。砂を掴むように、この手からこぼれ落ちたもの。

 ゆっくりと頷いた。ずっと、傍にいてくれる人が欲しかった。誰でもいい。そんな風に思っていたけれど、今は目の前の唯一の相手が欲しくてたまらない。

「ベリル。どうか、私の傍に」

 懇願するシルヴェステルに、ベリルは沈黙した。嫌なのか、と恐る恐る顔を覗き込むと、彼の目は、不思議な光をたたえていた。ぼんやりと中空を見つめ、視線が合わない。

 先程までしっかりと喋っていたのに? 時間差で精神に影響が出たのか?

 狼狽えてベリルの肩を掴み、思い切り揺さぶる。数十秒の後に、ベリルの目が元の明るい緑色に戻り、唇に微笑が浮かぶ。

「大丈夫。俺が、シルヴィを守りますから」

 守る、の言葉の意味はわからなかったが、擦り寄ってくる温もりに愛しさを覚え、シルヴェステルは唇にキスを贈った。

24話

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