孤独な竜はとこしえの緑に守られる(25)

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24話

「いいんですか。あんな約束して」

 呆れたカミーユの小言は、聞き飽きている。ベリルを拾ってから、「陛下は甘すぎます!」と、何度苦言を呈されたことか。

 仕方ないではないか。笑顔が見たくて、つい甘やかしてしまう。晩年の先代が、最も心を許していた妃に、毎日花を贈っていた気持ちも、今ならよくわかる。

「大丈夫だ。直近で視察に行く予定は立っていない」

 できれば、事故を起こしたことで中断した、超古代文明の遺跡の調査に向かいたいところだが、協力体制にあったガレウスとは、ベリルの一件で疎遠になってしまっている。

 シルヴェステルが遺跡調査にこだわるのは、歴史の空白の中で、自分と同様に人間の女から産まれた竜王がいたのではないか、という希望からだった。国の発展ではなく、完全な私情による我が儘であることは、誰にも明かしていない。

「それよりカミーユ。例の件は」

「はっ」

 ぎらりと目を厳しく光らせると、カミーユは竜王の私的な側近ではなく、優秀な部下の顔に変貌する。彼は調書の束を取り出し、シルヴェステルに手渡した。

 シルヴェステルも、惚けていたわけではない。危うくベリルも巻き込まれ、命を落とすところだったのだ。犯人を捕まえ、ただ死刑にするだけでは足りない。

「実行犯は、人間族の男二人。男たちは城門近くで兵士たちにより発見。そのときにはすでに、錯乱状態に陥っていたそうです」

「ふむ。ならば事情聴取は不可能だったということか」

 実行犯を拷問して、黒幕の正体を聞き出すのが定石だ。身分の低い男たちが、竜王あるいは貴族全体に恨みを抱き、無差別殺人事件を起こすとは考えにくい。敵は竜人族、それも貴族の中にいる。これはカミーユとの共通認識であった。

「ええ。しかし、彼らが何者なのか、覚えている証言者がいました」

 王都を拠点にする大店(おおだな)である、ユーグ商会の下働きの男たちだということが判明した。ユーグ商会といえば、王城に食料品を卸しているので、城内の様子も少しは知っている。なるほど辻褄は合う。

「そこから辿ることは?」

「会長を出頭させましたが、意識が朦朧としているのか、聴取になりません。また、依頼を何重にも経由しているようです」

 間に立ったうちの何人かは、すでに口封じをされている可能性が高い。商会長をはじめ、事件に関与した確証を得た者は皆極刑に処するとしても、事件の解決には至らない。

「それから、衣装の汚損に関しては、この者たちの犯行ではありません」

 その程度、シルヴェステルにはすでに予想がついていた。

 案の定、「人間の男になど仕えられるか」と、職務を放棄したことで解雇された侍女たちの犯行であった。許しがたいが、毒入り葡萄酒の件の方が優先だ。侍女たちの処分は、カミーユに一任する。

 シルヴェステルは机の上で手を組んで、指をバラバラに動かす。熟考するときの癖だった。一本一本の動きを見つめながら、事件のあらましについて推測する。

 貴族が関わっていることは、間違いない。ただ、よくも悪くも竜人は単純明快な性質の者が多い。シルヴェステルという半端者が許せないのはわかるが、他の参加者たち、それどころか自分自身すら巻き込むようなやり口で、騒ぎを起こすだろうか。本気で王を害するつもりならば、真正面から反逆するのではないか。

 黒幕や動機を、何の手がかりもないところから考えても仕方がない。今わかっていることで、もっと掘り下げるべきは何だ?

「実行犯やユーグ商会長の意識障害の原因は、判明しているのか?」

 パラパラと調書をめくり、カミーユは悔しげに顔を歪めた。

「いえ……現在調査中です」

 人の意識を混濁させる薬といえば、ある種のキノコを原料としたものがまず、思い浮かぶ。だが、数時間で効果が切れてしまうものしかない。少なくとも、シルヴェステルが知っている薬品に、何週間も、下手をすると死ぬまで効果が持続するものはない。

 薬ではないとすれば、もうひとつの可能性がある。

「蛇……」

 思わずこぼした一言に、カミーユは眉を上げ、紙束を握りしめた。力が強すぎて、ぐちゃぐちゃになる。不審に思って名を呼べば、彼はふっと真顔に戻り、「蛇などいません」と、なぜか妙に力を入れて主張した。

 竜人は自分を絶対的な王者だと思っていて、人間を劣った人種だと差別はするが、虐待まではしない。自分たちが豪奢な暮らしができるのは、人間たちが汗水垂らして仕事をしているからだということを、徹底して教え込まれる。国家の歯車としての人間族は、必要なのだ。

 人間族は当然、竜人支配に納得していない。しかし、歴史上、彼らが実際に反旗を翻した例は数えるほどしかない。

 彼らの不満を抑え込んでいるのは、自分たちよりもさらに下があるという意識であった。人は他者と比較することでしか、自分の立ち位置を確認することができない。

 蛇は、竜とは似て非なるもの。竜人と違い、肉体に蛇の痕跡を残す蛇人族もまた、忌まわしい存在である。彼らは幻術を使い、人を惑わす。そのため、発見次第彼らは、術の根源である目を抉られるのが常であった。

 万が一、処置から逃れた蛇人族がいたとしたら、今回の事件に関わっているのではないか。

 その可能性を、聡いカミーユが思いつかないはずがない。シルヴェステルの鋭い視線に晒されても、彼は頑なに、自らの見解を発言することを拒んだ。蛇人は絡んでいない。その一点張りだ。

 シルヴェステルの威圧を受ければ、常人はひとたまりもなく、べらべらと自白をし始めるが、そこは長い付き合いの男だった。額に脂汗をかいていても、絶対に口を割らない。

 諦めて、話題を変えた。

「実行犯がユーグ商会の人間だと見抜いた者は? 褒賞を与えねば」

 カミーユがホッとして、話に乗ってくることを期待していたのだが、そうはならなかった。先程までとは違う顔で、彼はひたすら言いにくそうに、口をまごつかせている。

「カミーユ。今日はなんだ。私には言えないことなのか?」

 竜王の怒りに触れれば、側近であろうとも苛烈な責めは避けられない。彼は観念して、「大変、申し上げにくいことではありますが」と、前置きしたうえで、話し始めた。

 その瞬間、シルヴェステルの胸の内に湧き上がったのは、焦燥だった。怒りと言ってもよかったかもしれない。

 立ち上がり、後宮へと走り出しかけたシルヴェステルを、カミーユは文字通り、身体を張って止めた。

 仕事はまだまだ、残っている。

26話

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