孤独な竜はとこしえの緑に守られる(28)

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27話

 ナーガが淹れ直した茶を受け取ったジョゼフは、しきりに恐縮していた。一応ベリルが後宮の主のはずだが、ジョゼフはナーガの男とは思えない美貌に心奪われたのだろう。友の語らいには邪魔でしょうから、と部屋の隅に退いた彼のことを、いつまでも目で追っていた。

 これでは話にならない。ベリルは咳払いして、注意を引いた。

「どうしました、ベリル様。風邪でもお引きですか?」

「その口調、気持ち悪いからやめて。ベリル様っていうのも」

 鳥肌が立つ。

 言葉にする代わりに、大げさに両腕を擦ってみせると、ジョゼフは声を上げて笑った。

「それじゃ許しを得たってことで、今までどおりに話させてもらうな」

「うん」

 ホッとしたベリルは、離れていた間のジョゼフの生活について耳を傾けた。

 竜王の寵を受けた相手が、後宮に入った。それも人間の男らしいという噂は、炊事場の下っ端にまで行き渡っていた。それだけなら、「竜王陛下も変わった趣味だなあ」で済ませていただろうジョゼフだが、どうもそれが「緑の目の人間族」だと知って、「ひょっとして」と思った。

 黒髪は人間族にはありふれた色だが、緑の目はむしろ、竜人に多い。そんな珍しい人間の男を、ジョゼフはひとりだけ知っている。

 道理で最近、姿を現さないわけだとひとり納得していたら、そのお披露目の夜会での事件について、カミーユがわざわざ直々に、捜査にやってきた。

 毒を入れられていた葡萄酒の管理は、調理場ではなく、専用の保管室がある。しかし食料品および嗜好品は一括でまずは届けられるため、料理長をはじめ、上司たちが事情聴取を受けることになったのである。

 普段はえらそうにして、気に入らないことがあればすぐにジョゼフたち下働きを殴ったり蹴ったりと散々な彼らだが、カミーユの鋭い眼光を前に、たじたじになっていた。事実を述べているのに、妙に自信がなく視線を上に逸らしながら証言するため、カミーユはなかなか信じてくれなかった。

「で、俺は思ったわけよ。ここらでちょいと料理長たちに恩を売っておけば、今後の労働環境も改善されるんじゃないかって」

 ズズ、と行儀悪く音を立てて茶を啜るのに、ベリルは少しだけ不快に思った。習ったことがないからといっても、さすがにマナー違反だ。

 注意しなかったのは、話の腰を折るのを避けただけ。

 ベリルはナーガに目配せすると、彼は心得たように頷いた。後で説教してくれるだろう。友人のベリルが言うと、角が立つだろうし、憧れの美人に怒られた方が、効果がある。

 ジョゼフは続けた。

 不遜だと処罰されることも覚悟の上で、ジョゼフはカミーユに自分から手を挙げて、証言をした。

 料理長たちは納品された品物の数に間違いないかだけを確認し、そのまま商会の職員に倉庫に運ばせていたこと。特に今回は、特別な夜会に出す高級な葡萄酒であったため、適切な温度や湿度のもと、管理しなければならないものだったこと。

 そのために、ユーグ商会から専門の職員を借り受けたことを語った。

 カミーユはジョゼフの説明を、腕を組んで黙って聞いていた。何の反応もないことに内心怯えていたが、言いたいことはすべて言い切ったジョゼフを、カミーユは「ついてこい」と、職場から連れ出した。

『お前のいうユーグ商会の職員とは、この者たちか?』

 地下牢に連れてこられ、戦々恐々としていたジョゼフだったが、何のことはない、人相確認であった。

 記憶力のいいジョゼフは、人の顔を覚えるのも得意だった。ずいぶんとやつれ、生気のない目をしていたが、それでも彼の記憶の中にある男たちと一致したので、頷いた。

「で、カミーユ様が捜査協力の褒美は何がいいと言うから、俺、ベリルに会わせてほしいって頼んだんだ。それで許可もらって、ようやくここに来れたってわけ」

 カミーユは確か、ベリルがジョゼフと会うのを快く思っていなかったはず。その彼が許可を出すなんて、ベリルは信じられなかった。

「そうか……あの事件の犯人、ジョゼフのおかげでわかったんだね。ありがとう」

「たまたまだよ」

 鼻の下を指で擦った彼は、不意に真面目な顔になった。

「なあ、ベリル」

「うん」

 これまでの経緯を面白おかしく話していたのとはまったく違う口調だったので、ベリルもカップをソーサーの上に戻して真剣に聞く態度を取る。

「俺のことは、気にすんなよ」

「え?」

 もう二度と会うことがないかのような口ぶりに、ベリルは焦った。

「お前が俺の……人間族のために、頑張ろうとしなくたっていいんだからな」

 いつか、彼が言った将来の夢。

 実力主義で竜人も獣人も人間も関係ない隣国へ行くこと。ベリルが貴族に飼われていると思っていたから、軽い気持ちで言った言葉を、ジョゼフは撤回した。

 ただの貴族と、竜王とは違う。王城の隅に勤めるジョゼフは、人間族だけれど、その辺りの機微をよく知る。

 竜王の機嫌を損ねれば、寵愛を受けるベリルですらどうなるかわからないということを、彼は案じているのだ。

 ベリルは首を横に振った。

「俺がこの国を変えたいのは、ジョゼフの、人間族のためだけじゃないよ」

 神殿ですら迫害されたナーガのため。

 そして誰よりも、人間の母を持つというだけで蔑ろにされるシルヴェステルのために、ベリルは自分のできることを頑張りたい。

 その一歩を踏み出すために。

「俺、ジョゼフがここで働けるように、カミーユや陛下に頼んでみる」

 おいおいと慌てたのは、ジョゼフだけだった。ナーガは「そうなると思っていた」とばかりに、諦めた様子である。

「ジョゼフの人間族としての視点は、絶対この国をよくするために必要なものだ。だから、俺と一緒にいろんなことを勉強して、もっともっと、知恵を絞ってほしい」

 明るい緑の星が輝く瞳で、ベリルはジョゼフを捉えた。決意の強さをすぐに彼は感じ取り、深く溜息をつく。けれどそれは、決して呆れだとか嫌だという、後ろ向きな意味はない。

「……そうなれば、俺としても喜ばしいことだ」

 ジョゼフの顔は、今までとは違う意志に満ちていた。ベリルは心強い味方がひとり増えたことに、胸を高鳴らせた。

29話

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