孤独な竜はとこしえの緑に守られる(35)

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34話

「探しているのは、腹違いの兄です」

「お兄さん?」

 ミッテランといえば、当主は現在宰相を務めている、名門の家系だ。ベリルが直接顔を合わせる機会はないが、夜会で慇懃な挨拶を受けた。シルヴェステルとは表面上は対立しているが、心底見下したり、王の目を盗んで悪事を働いているわけでもない。ベリルのことを値踏みする目つきだったのは、国の政治を実際に動かしている宰相としては、当たり前のことだ。

 貴族名鑑を思い出す。ミッテラン侯爵家に、カミーユ以外の子供がいたという記述は、ついぞ見なかった。犯罪やそのほかの理由で廃嫡となった場合でも、赤字で名前は記載されるものだ。

「父と義母……本妻の間には、息子がいました。しかし義母は、国はおろか父にすら、死産であったと報告したのです」

 ミッテラン夫人は実家の所有する南の保養地にある別荘で、出産した。ここまでは、知られた事実だ。侯爵は初めての子を楽しみにしていたが、仕事のために王都を離れることができなかった。死産であったと告げられた彼の悲しみは、想像に難くない。

 しかし、子供は死んでいなかった。夫人と限られた人物は皆、産まれたばかりの子供について口を噤んだ。子供はそのまま別荘の一室に監禁され、育てられた。

「どうしてそんなこと……」

 カミーユは茶を一気に飲み干して、喉を潤した。ベリルに向かって、声を潜める。

「兄は、蛇だったのです」

 蛇人族については、とカミーユに振られ、ベリルは首を横に振った。

「ナーガが教えてくれたことくらいしか」

 竜人からも人間からも忌み嫌われる蛇人族。神の平等性から外れた理由は、神の教えについて説いた聖典に論拠があるということを、ナーガはいつもと同じ顔をして、教えてくれた。

 もともと竜人族は、竜であった。その本来の姿を失わせた元凶が、一匹の地を這う蛇だったという。蛇の幻術によって惑わされた竜は、地に落ちた。

 身体的に元の種の特徴を色濃く残した獣人族とは違い、竜人は身体が大きくて丈夫だという以外に、竜の血の証はない。だからこそ、自分たちから翼を奪った蛇人族を許さない。

 竜人族が蛇人族を迫害する。人間族はそれを見て、「あれよりはましだ」と溜飲を下げる。

「皮肉なことに、竜人には竜の特徴がひとつも受け継がれていないのに、蛇人には鱗があるのです」

 どこに現れるかは個人差があるが、生まれたての赤ん坊でもはっきりとわかる。産んだばかりの息子の肌が、鱗で覆われているのを見た夫人は、究極の選択を迫られる。

 その場ですぐに殺すか。それとも隠し育てるか。侯爵に相談する余裕はなかった。彼は国に忠実な男。蛇人が家系に連ねられることを、許すはずがない。

 彼女は後者を選び、静養と称して時折、別荘をひとりで訪れるようになった。その行動を不審に思った侯爵が、死産と報告されていた息子と対面を果たしたのは、それから十年後。

「侯爵は、お兄さんを」

「目を潰して、追放したそうです」

 殺せなかったのは、夫人が必死に庇ったからだ。侯爵の中に、息子へのなけなしの愛情があったわけではない。幻術を使う蛇人族をそのままに放逐することは、国の秩序を乱すことになるため、最低でも片方の目は潰すことが、法律で定められている。

 そうして視力を失った蛇人族が行き着くのは、貧民街だ。どんな経歴の者であろうとも、街外れの寂れた場所は許容する。

 受け入れる、とはまた違う。自分が一日でも長く生き延びることに、一生懸命なだけ。隣が殺人犯であろうと、蛇人族であろうと、関係ないだけなのだ。

 カミーユが場末の娼館の女と顔見知りなのは、兄自身や兄を知る人を探しているためだった。兄が追い出されてからすでに十五年以上が経っているが、蛇人は生への執着心が強く、生きながらえている可能性がある。

 また、夫人の美貌をそっくり受け継いでいるという証言を、世話係から得ている。それならば、男娼の素性を問わない最底辺の娼館を転々として生きているのではないか。

 カミーユは一縷の望みを抱き、わずかな休暇を利用して、花街の下級娼館を訪ね歩く。ときには実際に女を買い、褥をともにすることを見返りに、兄と疑わしき男娼が入ってきたら、教えてほしいと依頼する。マリアンヌも、そうした繋がりの女だった。

36話

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