孤独な竜はとこしえの緑に守られる(37)

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36話

「陛下……陛下」

 土木工事の優先順位を争う領主たちの主張を書いた書状の精査に集中していたら、声をかけられた。ベリル、と顔を上げたシルヴェステルだが、残念ながら輝く笑顔はそこにはない。

 露骨に肩を落として残念がるシルヴェステルに、茶器を携えてやってきた男は気を悪くした様子もなく、「そろそろお茶でもいかがですか」と、休憩を促した。

 最近、ベリルは執務室にやってくることがなくなった。ふらふらと出歩くのは感心しないと強めに言ったことはあるが、茶の時間にやってきて、隣であれこれと一生懸命に喋るベリルを見つめているのは、よい気分転換であった。

「ベリル様が、陛下のためにお選びになった茶葉でございます。私が代わりに、心を込めてお淹れいたします」

 慣れた手つきで温められたカップに茶を淹れるのは、ナーガである。彼はベリルの茶の師匠であるから、当然茶葉の持つ味わいを引き出すことに長けている。文句はないが、それでもやはり、シルヴェステルには、愛する者の手で淹れた茶の方が、何倍も美味しく感じられるのだった。

 夜になって後宮に向かうと、ベリルはいつも通り快く迎えてくれる。昨夜だってそうだ。自分は飲まないのに、シルヴェステル好みの酒を用意しておいてくれる。美味い酒と、膝の上には愛おしい妃。無論、シルヴェステルの理性は早々に焼き切れたのは、言うまでもない。

 いや、むしろそれが狙いか。

 今日の茶は、苦みが強い。砂糖を入れることを前提で作られた品種だが、シルヴェステルは無糖のまま、一気に飲み干す。すると、頭がすっと冴える。

 大胆と言ってもいいほど迫ってくるのは、自分との対話を避けているからではないか。シルヴェステルはベリルに甘いが、すべてを「はいはい」と聞き入れるわけではない。冷徹な為政者としての頭は、恋人に甘い男とは完全に切り離している。

 ベリルもベリルで、自分の性格をよく理解している。会話を長く続ければ、ぼろが出ることをきちんとわかっているし、嘘をつくこともできない。

 だから、シルヴェステルが訪れると、即座にベッドに誘う。行為の間のシルヴェステルは、竜の本能に支配され、会話不能になるからだ。

 ベリルは何かを隠している。そしてそれは、この部屋にいるカミーユもまた、同じだ。休憩時間を察して、彼はナーガと入れ替わりに、できあがった書類を関連部署に提出するため、外に出て行った。

 シルヴェステルが頼ることのできる相手は、茶のおかわりのためだけに残っている、目を閉じた麗人のみ。

「ナーガ」

「はい、陛下」

 執務室にしろ後宮にしろ、有事に備えて防音は完璧にはなっていない。空気を読んだナーガは、一度扉を開けて、外を確認する。近衛の兵士たちが部屋の外を守っているが、ある程度の距離は保たれている。小声で話す分には、誰にも聞かれずに済みそうだと判断した彼は、「お傍に上がっても?」と、許可を取ってから接近する。

 カミーユより近く、ベリルよりは遠い微妙な距離感に控えたナーガに、シルヴェステルは、なるべく怒気を押し殺して話しかけた。

「ベリルは何を、私に隠している?」

 もともと神官であったナーガが従うべきは、彼が心に今も抱く神。次いで今の主人であるベリル。シルヴェステルは雇い主ではあるが、主人ではない。命令を聞く必要はない。

 ナーガは微笑みを絶やさない優男だが、相手が誰であろうとも、言うべきことは、はっきりと言う男だ。時にカミーユ以上に、シルヴェステルに対してもの申すことさえある。

 優柔不断とは正反対の男が、あっさりと口を割るとは思えない。シルヴェステルはなんとか、情に訴えることにする。

「知っていたら教えてほしい。あれが秘密を抱えるのには向いていない性格だということは、ナーガも知っているだろう」

 ベリルはいつもまっすぐで、素直だ。彼の目は、隠し事をしたり嘘をつこうとすると、すぐに曇る。元気のないベリルを見るのは、シルヴェステルも辛い。

 ナーガは迷っていた。少々の威圧を込めて見つめると、彼は渋々という様子で口を開いた。

「いずれ、近衛の噂話が陛下のお耳にも入るかと思いますが……」

 竜王および後宮の寵姫の警護を専門に行う近衛兵は、少数精鋭だ。剣の腕以上に、人品卑しからぬことを一番に求められる。彼らが噂話に興じるなど、あってはならないこと。

 隊長はいったい、何をしているのか。

 憤りに一瞬燃えたシルヴェステルだが、今は兵士の再訓練と懲罰について思いを馳せている場合ではない。ナーガの話を促す。

「私も、ジョゼフから聞いた話でございますので、話半分に」

 前置きをしたうえで、ナーガが告げた言葉に、シルヴェステルは抑えきれない衝動に頭を殴られた気持ちになる。部屋を飛び出す前にジョゼフを呼びつけ、ナーガの言い分が真実かどうかを確認したのは、ギリギリの理性によるものだった。

38話

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