孤独な竜はとこしえの緑に守られる(38)

スポンサーリンク
BL

<<はじめから読む!

37話

 雨が降りそうだ。

 つい今し方まで晴れていたのに、急激に増えた黒い雲を見上げて、ベリルは首を傾げた。

 自由に城内を歩くことを制限されているベリルにとって、庭園の散歩は唯一の気晴らしであったが、中止して部屋に戻ることにする。

 カミーユと顔を合わせづらく、シルヴェステルに茶を持っていくのはナーガに頼んでいる。茶菓子と茶の組み合わせを吟味したのは自分だが、喜んでくれているだろうか。

 できれば自分の目で確認したいが、カミーユと会うことが億劫だという気持ちの方が勝ってしまっている。

 竜王唯一の妃という立場を利用して、一方的に言いたいことを言うだけになってしまった。口論とはとても言えない。カミーユにだって、言い分があったはずなのに。

 ベリル自身は間違ったことを言ったとは思っていない。人間の妃を受け入れてくれたカミーユが、蛇人の兄を見下していること、さらに自分の中の差別意識に無自覚であることに腹を立てた。会いたいという自分の欲求を押し通すために、ひっそりと生きているかもしれない兄の平穏を壊そうとしている。許されていいはずがない。

 我ながら、どうしてここまで蛇人に同情的なのかはわからない。カミーユの兄はおろか、蛇人族に会ったことなどない。読んでいた資料にちらりと登場したときにも、なぜか胸がざわりとする瞬間があった。

「ただいま」

 返事はない。庭園を一緒に散歩していたジョゼフは、途中で近衛に呼ばれてどこかへ行ってしまった。王の傍近くに控える兵が使いとしてやって来たということはすなわち、シルヴェステルに呼ばれたのだ。

 本人も当然察していて、「俺、何かしたかな……」などと、ぶつぶつ自身の言動を振り返っていた。

 なので、ナーガもジョゼフも執務室にいるのだろう。

 ふう、と溜息をつきながら、ベリルはベッドの上に寝転んだ。行儀が悪いと注意する者は、ひとりもいない。

 なんだかぼんやりしてしまう。シルヴェステルとともに過ごす夜も、上の空になりそうで、そうなる前に彼をベッドに引き入れてしまう。房事の最中は、シルヴェステルにされるがままになるから、何も考えなくて済む。

 昨日も激しく愛されたことを思い出し、ベリルは熱くなった頬を冷やすため、ごろりと寝返りをうち、シーツの冷たい部分を探し、目を閉じる。

 そのとき、乱暴に扉が開け放たれた。反射的に目を開け身体を起こす。強盗か、戦争か、はたまた火事か。妃の居室をノックなしに開けるなど、いかな竜王であっても、有事以外は許されない。

「陛下? どうしたのですか?」

 政務に励んでいるはずの竜王の(おとな)いに、ベリルは目をパチパチさせる。明るいうちから寝台に大の字になっていた自分を恥じて、そそくさと立ち上がりかけたが、シルヴェステルに押し倒され、叶わなかった。

「陛下?」

 様子がおかしい。国の誰よりも華やかな美貌は、怒りに歪んでいる。普段は隠された竜の牙が口から見え隠れして、今にもベリルを食い破ろうとしている。

「陛下! おやめください!」

「ナーガ? ジョゼフも」

 シルヴェステルの後を追ってきたナーガが入ってくる。ベリルに狼藉を働こうとするシルヴェステルを止めようとするが、ぎろりと睨まれて、さすがのナーガも硬直する。ジョゼフは言わずもがなである。

「ナーガよ、去れ。私はベリルと話があるのだ」

「陛下。あれはあくまでも、噂で……!」

「ナーガ!」

 竜の咆吼に、ナーガは一歩後ずさった。

 これ以上はまずい。ベリルはシルヴェステルに押さえつけられた身体をなんとか少しだけ起こし、ナーガと目を合わせる。

「ナーガ、ジョゼフ。俺は大丈夫だから。陛下に従って」

 肩に食い込む指の力に歪みそうになる顔を、なんとか微笑みに形づくる。最後までナーガは、ベリルの身を案じていた。「私のせいで」「申し訳ありません」と謝罪をしながら、彼はジョゼフの背中を押して出ていき、扉を閉ざす。

 猛る竜と二人きりだ。ベリルはことさら明るく優しい声で、シルヴェステルを宥めようとする。

「陛下。シルヴィ。話とは、なんですか?」

 手が自由だったら、シルヴェステルの肩や頭を優しく叩くところだった。子供を落ち着かせるようで不敬だが、普段の彼はベリルにそうされて、満更でもないという顔でくつろぐ。

 牙を剥き、低い声で唸るシルヴェステルに、ベリルの身体もこわばるが、なるべくいつもどおりを心がけた。

「シルヴィ。ちょっと痛いです。離してください」

 懇願はむなしく、シルヴェステルの耳を通り過ぎていく。喉から絞り出す声は、怒りと悲しみの両方の色を帯びて、ベリルを責め立てた。

39話

ランキング参加中!
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説家志望へ



コメント

タイトルとURLをコピーしました