孤独な竜はとこしえの緑に守られる(43)

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42話

「カミーユ。次の書類は? ……カミーユ?」

 目を通していた紙面から顔を上げ、シルヴェステルは肩を落とした。側近で親友のカミーユを解任し、自宅での謹慎を命じたのは自分自身だ。しかもすでに数週間が経過しているというのに、気を抜くと、いまだに彼の名を呼んでしまう。

 唯一信頼していた男を遠ざけた結果、シルヴェステルは政務中、ひとりきりで部屋に引きこもることになった。優先順位の高いものから渡してくれる助手がおらず、下から上がってくる請願書はてんでバラバラ。内容を精査しなければならないが、目は文字の上を滑るだけで、もうすべてに「可」の署名をしてしまうことにした。

 最後の書類に署名を行い、シルヴェステルは立ち上がり、室内を見回した。書き損じた紙を丸めて屑入れに投げたが、外れる。同じような紙ごみが、屑入れの周りに転がっている。拾い上げてきちんと捨てなければならないと思うのに、シルヴェステルは休憩中に使用するソファにどっかりと腰を下ろした。

 途端に埃が舞い上がり、咳き込む。この部屋の清掃は、誰が行っていたのだったか。

 ああ、そうか。これもカミーユだ。執務室にメイドを入れるのは言語道断。極秘の書類も多数あり、滅多な人物に任せられない。掃除なんて、貴族の仕事ではないのに、彼は快くシルヴェステルの命を聞き入れた。常に気持ちよく政務に励むことができるようにと、毎日ピカピカにしていたのを思い出した。

 彼の手が入らなくなり、執務室は荒れている。憩うどころか、気疲れしてしまう。

 官僚たちがサイン入りの書類をちっとも持っていかないため、机の上は雪崩を起こしかけている。また、新しい仕事も回ってこない。

 異常だと、シルヴェステルは理解している。文官も武官も、国を動かしているのは己だという自負にに目を輝かせて職務を全うしていたのが、いつしかやる気をすべて失ってしまった。何か原因があるはずなのに、シルヴェステルには解決しようという気持ちがまったくなかった。

 国がゆっくりと腐っていく。今は城の中だけだが、いつしか王都、そして広い国土へと広がっていくに違いない。頭で警鐘を鳴らす音は聞こえても、名案も浮かばず、ただ流れるに任せるばかりだった。

「陛下、ご報告が」

 シルヴェステルのもとに訪れるのは、今やベリルの世話係の元神官だけであった。楚々とした美貌の男は眺めていて飽きないが、今朝顔を合わせたときにはなかった傷が、顎にできている。

「どうした」

「カミーユ・ミッテランが後宮に現れました」

 シルヴェステルの口から、ああ、とも、うう、ともつかぬ声が漏れた。突発的な怒りよりも、じわじわと心を憎しみが浸食していく。真っ黒に塗りつぶされていく。その後、自分がどうなってしまうのか。竜王であっても全知全能ではないから、わからない。

 ふらふらとナーガの誘導に従って立ち上がり、部屋を出る。階段を下りて、普段決して足を踏み入れることのない階層に立ち入る。ここは城の生活機能を支える者たちの空間。洗濯をしたり、掃除をしたり、料理をしたり。貴族が自分の手で絶対に行わないことを代わりに行う身分の低い者たちしかいない。

 顔を見るのも畏れ多いと跪き、頭を垂れることしかできないはずの彼らだが、竜王の存在を認めはしても、臣下の礼を取ることもない。いよいよおかしいと思うのだが、シルヴェステルの思考は働かない。ナーガの導きに従い、動くだけのからくり人形になったかのようだ。

 城の中であって、竜王のあずかり知らぬ場所である空間では、どこに向かっていたのかもよくわからない。

「私も参ります」

 聞き覚えのある声に、カッと目を見開く。続く声もまた、シルヴェステルの心に荒波を立てる。

「ダメだ。カミーユはここで、みんなを守って」

 カミーユ。ベリル。

「お前たち、やはり」

 竜王の側近と妃という立場でありながら、不義を働くなどあってはならない。ベリルは慌てて扉を閉ざした。あの奥には何があるのか。二人の愛の部屋があって、シルヴェステルに知られたくないから背中に庇っているとしか思えない。

 ナーガはいつの間にか、いなくなっていた。どこへ行ってしまったのか、気にならないわけではないが、どうでもいい。今は目の前の裏切り者二人に、断罪を。

 ぐるる、と喉の奥が震えた。風も吹いていないのに、長い白銀の髪が揺れ、舞い上がった。睨みつけた二人はなぜか、哀れみの目をこちらに向ける。

 恐れ、おののけ。お前たちに今から、罰を与えるのだ。

44話

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