孤独な竜はとこしえの緑に守られる(46)

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45話

「おい。一号、一号? どうしたんだよ、ぼんやりして」

 一号と呼ばれた青年は、ハッとして声の主の顔を見た。自分と同じ顔の男は、明るい緑色の目を心配そうに曇らせている。

 途端に、ずいぶんと長い夢を見ていたことを思い出して、一号は苦笑する。

「なんでもない。ただの白昼夢だよ、二号」

 言って、ひらひらと衣服を翻して先に歩く。裾が長くて歩きにくいが、身体を締めつけない服はしっくりきた。夢の中で着ていたかっちりとしたジャケットや、夏の暑い季節には肌に張りつくズボンよりも。

「白昼夢ってことは、悪い夢だろ。大丈夫かよ」

 心配してついてくる二号……弟に向かってくるりと振り返ると、彼は兄の突然の行動に驚き、足を止めた。自分より少し伸ばした髪を、彼は真ん中できれいに分けている。そこから覗く形よい額に軽く口づけて、「大丈夫だよ」と、一号は笑った。

 一概に悪い夢とは言えなかった。荒唐無稽ではあったけれど。

 あんなに美しい男に、夜ごと情熱的に愛されるなんて。

 思い出すと、ぽっ、と身体の奥に火が灯った。暖かくも切ないその揺らめきの名を欲情というのだと、今の一号は知っている。

 あの行為は、男女が子を成すときの儀式だと思っていたが、男同士でもできるものなのだ。

 またぼんやりと夢に出てきた男のことを思い出す一号に、二号はもはや諦めたとばかりに溜息をつき、やれやれと首を横に振った。

 白銀の長い髪を背に流した男は、空色の目を甘く緩ませ、一号のことを常に見つめていた。あんなに美しい男は、国じゅうを探したっていやしない。

 彼は一号のことを、他の名前で呼んでいた。思い出そうとしてもわからないのが、悔しい。何せその名前は、一号だけに与えられた初めての名前だった。番号ではない、二号にも秘密の名前だ。

「ほら一号。殿下たちのところへ行こうぜ。思う存分遊んでさしあげないと、また機嫌を悪くする」

「あ、ああ……そうだな」

「殿下たちもそろそろ、俺らの仕事が遊び相手じゃないって覚えてくれないかなあ」

 記憶が混乱しているのか、自分が仕え、守らなければならない相手である王子と姫の顔が、一瞬思い浮かばなかった。夢に引っ張られすぎか。一号は二号と連れ立って、二人の待つ離宮へと急いだ。

「遅いよ! 一号も二号も!」

「今日はわたしとお人形で遊ぶって約束したでしょう、一号!」

 案の定、待ちきれずにいた二人に文句を言われる。二号と顔を見合わせて苦笑し、一号は姫の相手をし、二号は王子にせがまれて肩に乗せてやったりする。

「二号、竜牧場に行こうよ!」

 王子の明るい誘い文句に、二号は難色を示す。

 二号の圧倒的戦闘力によって捕まえてきた竜を、馬代わりにするために飼い慣らすため、太い首と足を鎖で繋いでいる。

 王子は肝試しのつもりで遊びに行きたがるが、まだ完全に牙の抜けていない竜は、危険だ。

 何度も行きたいとせがむ王子に、二号は折れた。肩車をしたまま、二人は竜のところへ行く。

「王女殿下は、行かれますか?」

「行くわけないじゃない! あんな怖い場所!」

 一応尋ねてみたが、王女は首を横に振った。当然である。

 国王たちは竜を制御できると考えているようだが、一号にはとても可能とは思えない。

 あの恐ろしい風貌。剥き出しの牙。怒りの感情しか持たないような、獰猛さ。

 それでも愚かなことだと言わずに従うのは、捨てられた自分たちを広い、役割を与えてくれたから。

 もちろん、いいことばかりではなかったけれど……。

「一号! ほら、あなたの番ですわよ!」

 手のひらを見つめてぼんやりしていた一号を、王女殿下は叱責した。慌てて裏声を使い、彼女の気に入りの人形を動かしながら演じる。

「カミルは、姫様のことが大好きですにゃあ」

 カミル、メリー、アルゴン、サフィール。

 人形にすらちゃんとした名前があるというのに、一号たちには名前がない。国王夫妻はもちろん、子供たちもそのことについて、何ら疑問を抱いている節はない。

 結局のところ、自分たちは彼らにとっては同じ人間ではないのだ。ペットですらない。愛情を向ける価値なんてない。

 一号は人形遊びに付き合いながら、白銀の男のことを考える。

 ああ、彼はいったい、自分のことをなんと呼んでいたのだったか。

 知りたい。自分に唯一の名前をつけてくれたあの男のことを。

47話

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