孤独な竜はとこしえの緑に守られる(51)

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50話

 肉体が暴れ回っている間、シルヴェステルは暗闇に浮かんだ殻の中にいた。ナーガの幻術を可視化するとこうなるのか。やけに冷静な自分に嗤いすら漏れた。

 ナーガの言うとおり、すべて壊してしまった方がよかった。竜人も人間も竜王もなければ、差別なんてなくなる。自分を侮る者も恐れる者もいなくなる。どうだっていい。

 そんな投げやりな気持ちで、殻の中に閉じこもっていた。破壊衝動丸出しの己が、城も王都も国も壊し尽くした後の、まっさらな荒れ地を夢見て、目を閉じていた。

 ――ル。シルヴェステル。シルヴィ。

 暗く冷えた殻の中が、不意に温まった。怪訝に思って目を開けると、闇に浮かんでいるのは明るい緑の光を放つ宝石たち。大小、形もさまざまな石は、すべて愛しい者の目と同じだった。

 ――シルヴィ。愛してる。俺はあなたを守るために、戻ってきた。

「ベリル……目を覚ましたのか?」

 流れ込んできたベリルからの愛情の奔流を、シルヴェステルは己の精神の全身で受け止める。両手を大きく広げ、暖かい流れを身に受けると、次第に外に出なければならないという気持ちが強くなってきた。

 ナーガは国を壊せと言ったが、壊し方にもいろいろある。制度を変え、法律を変え、民の意識を変えていく。竜人も人間も、それからもちろん蛇人も、平等なのだと下の世代に説いていく。

 ジョゼフを政治の場にと、強く勧めたベリルの願いもまた、この国をいちから作り変えたいということだったのだ。いまさらながらに気づく。

 シルヴェステルは手を伸ばした。そこにベリルの手があるかのように感じられたのだ。

 しかし、繋がることはできなかった。透明な卵の殻は強固だった。どうにか打ち破ろうとして、シルヴェステルは何度も叩く。

「ベリル! ベリル!」

 魂の叫びは、現実世界の竜の咆吼となる。高い声で鳴いた竜は、術を破らんとする自分の精神を拒むように身体を大きくくねらせた。

 すると、先程まで近くに感じていたベリルの心が肉体が、離れていく。

「ベリル!」

 振り落としてしまった。そこでようやく外の世界を見ることができたシルヴェステルは、自分の方に手を伸ばしながら、微笑みを浮かべるベリルと目が合った。

 ああ、失ってしまうのか。

 そうなれば私は本当に、自分を失う。国のみならず、世界を滅ぼす破壊神になってしまう。

「俺は死なない! 絶対に死なないから!」

 絶望に飲まれそうなシルヴェステルに、ベリルの叫び声が届く。彼は決して、諦めていない。慌ててシルヴェステルは翼を限界まで動かし、追いかけた。

 生き物の本能で、どうしても制御しながらの滑空となってしまうため、落ちるにまかせているベリルには届かない。もうダメだと目を瞑ったとき、彼が大地に叩きつけられる音を聞いた。

「ベリル……ベリルッ」

 いつしかシルヴェステルは、人型に戻っていた。先に駆け寄っていたカミーユがベリルを抱き起こそうとしていたが、触れることすら許さないと奪い返す。

 目を閉じているベリルの頬を何度か叩くと、彼は唸り声を上げて目を開けた。ベリルはシルヴェステルの頬に手を伸ばして触れた。埃にまみれた顔を柔らかく崩して、

「ほら。死ななかったでしょう?」

 と、自信たっぷりに言う。

「ベリル……ベリル!」

「俺の名前以外、忘れてしまいましたか?」

 彼の明るい目がなぜかよく見えないのは、自分が泣いているからだということに、シルヴェステルはしばらくの間、気づかなかった。

52話

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