業火を刻めよ(12)

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火 ライト文芸

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11話

 あまり人のいない、裏通りを選んで歩いた。渡された地図を広げて見るが、ヒカルは自分の現在地すらわからない。首を傾げて、上下左右にひっくり返してみるものの、ピンと来るものはなかった。

 二〇一八年に暮らす、草。黒田明佑との待ち合わせ場所は、彼の自宅だった。龍神之業の本部と同じ、足立区に彼は居を構えているが、でたらめに歩いているうちに、周辺の住所表記は葛飾区になっている。

 どうにかして戻らなければならないが、通ってきた道すら、記憶にない。

 同じ日本ではあるが、時代が違う。建物の様子もだいぶ違うため、ヒカルは何やら、心細くなってきた。初めてスキップしたときと、同じように。

「いつになったら、着くんだお前」

 しかし、今のヒカルは一人ではなかった。肩に下げたスポーツバッグの中から、ちょこんと顔を出したピンクのウサギの相棒がいる。

 口調も声も可愛くないけれど、それでも今は、話ができる相手がいることに、安心した。

 そんな心境を、エリーに悟られるのは恥ずかしい。ヒカルは、「自分で歩けないんだから、ガタガタ言うなよ!」と、照れ隠しに小さく言った。

「……本当に、方向音痴なんだな」

 哀れみを多分に含んだ声音で、エリーは呟いた。

 ずんずん歩いて、もう一時間になる。ほとほと疲労して、タクシーを使ってしまおうかと魔が差す。

 だが、支給された経費を、こんなところで無駄にするわけにはいかない。せめて最低でも、元いた場所に戻ってからにしたい。

「ウサギにナビ機能はついてねぇのかよ」

 愚痴を言うと、さすがにエリーも思うところがあったのか、しばしの沈黙の後、「善処する」と請け負った。

 ひとまず今は、アナログな方法でナビゲートしてもらうしかない。ウサギの目は、ヒカルにはプラスチックにしか見えないが、カメラになっているらしく、あのモニターだらけの部屋にいるエリーの元に届く。

「これで見えるか?」

 携帯端末なら、もう少し楽なのだが、残念ながらそうした電子機器については、黒田から借り受けることになっている。現状、ヒカルには、持参した地図しか利用できるものがない。

 ふわもこなウサギは、思案しているように見えた。角度の問題でしかないはずなのだが、中身がエリーなので、思慮深い表情のような気がするのだ。

「オーケー。だいたいわかった」

 ヒカルにはまったく読み解けない地図を、エリーはいとも簡単に理解し、「まずは大通りに出よう。目の前の道、右折」と言った。

 エリーのナビはとてもわかりやすかったが、ひとついただけない点がある。

(うう……また見られてるな……)

 道の様子と地図を見比べなければならないので、スポーツバッグからぬいぐるみを出さなければならない。時折話しかけているので、またもや不審人物だ。

 そんな羞恥プレイを、遠く離れた時代にいるエリーは、理解しない。淡々と、次に進むべき方向を示すだけだ。

 何度か指示と違う道を行きそうになって、エリーに怒られたが、どうにか最初にスキップでたどり着いた場所に、戻ってきた。

「はぁ……」

 疲労と安堵による溜息を吐き出したヒカルに、ウサギのエリーは恨めしげな声を上げる。

「溜息をつきたいのはこちらの方なんだが?」

 嫌味ったらしい言い方をさくっと無視して、ヒカルはここからタクシーに乗ろうと、大通りに足を向けた。

「あの。奥沢さんですか?」

 二〇一八年に知り合いなんていない。驚いたヒカルが振り向くと、壮年の男性が、優しい笑みを浮かべていた。

「あ、えっと、もしかして」

黒田くろだです。今回は、よろしくお願いします」

 差し出された手を、おずおずとヒカルは握った。握り返される手は熱く、そして厚い。刻まれた皺が、黒田の今までの経験を露わにしていると思った。

「でもどうして俺が、ここにいるってわかったんですか?」

 元々この時代の人間ではない黒田もまた、スキップ能力者だ。だから、正確に跳ぶことができる人間は一部だということを、理解しているだろう。むやみに探し回って、偶然ここに着いたというような顔ではなかった。

「ああ、それは」

 彼はダウンジャケットのポケットから、スマートフォンを取り出した。

「ツイッター、ってわかりますかね。いろんなことを呟くことのできるSNSなんですけど」

 表現の自由が規制された、ヒカルの暮らす時代には、SNSはない。学校の授業で、大真面目に「人間の理性を壊す、大変危険なもの」と教師が言っていたくらいだ。

 黒田にとある画面を見せられて、「げ」とヒカルは思わず声に出した。

『ぬいぐるみと喋るイケメンいた』

 キャプションとともに貼付された写真は、顔に加工がなされることもなく、ヒカルだということがわかるものだった。

「君たちの人となりは、聞いていたからすぐにわかりました。いつまで待ってもいらっしゃらないので、ここで待とうと思ったんです」

「申し訳ないです。ヒカルが方向音痴なばかりに」

 どうやらエリーと黒田は顔見知りらしく、自己紹介もなしにウサギは喋り出した。エリーに文句を言いたい気持ちもあるが、迷惑をかけたのは事実なので、ヒカルも殊勝に、黒田に頭を下げた。

 黒田は目尻を下げた。

「初めての任務、ということでしたよね? 慣れないことばかりで不安でしょうが、僕も手助けをします。一緒に頑張りましょうね」

 黒田の優しさに、ヒカルは、どうしてこういう人が俺の相棒じゃないんだろう、と思った。

13話

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