業火を刻めよ(16)

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火 ライト文芸

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15話

 少女の歩幅に合わせて歩くのは、窮屈だが、苦痛ではなかった。ただ、何を話せばいいのかはわからずに、黙っていた。

 沈黙に耐えられなくなったのは、ヒカルではなく、桃子の方だった。

 彼女は他愛のないことを話す。

 最近、図書室で読んだ本のこと。真冬で寒くて雪が降っているのに、近所の子供が半袖で出歩いているのを見かけたときのこと。

 ヒカルは桃子の話に耳を傾けて、真摯に相槌を打つ。だが、聞いているうちに、不自然な点に気がついた。それを何とはなしに口にする。

「学校は? 楽しい?」

 平日は毎日、朝から夕方まで通っているはずの、高校についての話はひとつも出なかったのが、不思議だった。興味本位で聞いてみただけだったが、桃子の唇は、震えていた。怒りを堪えているような、悲しみを噛みしめているような表情だった。

 地雷を踏んだ。それでもヒカルは、謝罪することなく、彼女の言葉を待った。

「……あんまり、楽しくないです」

 ヒカルは「そっか」とそれ以上、問い詰めることをしなかった。桃子は勝手に喋り出す。ヒカルのことは、体のいい聞き役だと思い直したのだろう。

 学校とも家とも関係のない相手を見つけることは、学生にはとても難しいことだ。特に彼女の場合は、自宅には親以外にも、信者がいる。

「うちは家が、いろいろと複雑なので。それを知って、いやがらせをしてくる人間がいるんですよねー」

 寺や神社の娘は特に何も言われないが、新興宗教の(実際には幕末以来の歴史を持つのだが)教祖の娘となれば、周りの生徒たちの反応もおのずと決まってくる。

「まさか、その足も?」

「これは、ちょっと体育の授業中に捻っただけですよ。女子校で、そこまで肉体派ないじめはないです」

 湿布を貼ったため、左右で太さの変わってしまった足首に目を落として、桃子は言う。いじめ、と口に出したことで、彼女は自分自身の言葉で傷ついた。自分は、いじめられている。直視したくなくても、現実はそういうことだ。

「でも」

 桃子は隣で支えるヒカルを見上げた。晴れやかな表情に、ドキっとする。

「たった一年しか通えなくても、高校に行きたい。お父さんにわがままを言ったのは私だから。あと一ヶ月半くらいしか通えないんだし、楽しくなくたって、目指せ皆勤賞です」

(一年しか通えない?)

 そのタイムリミットは、どういう計算式から導き出されたものなのだろうか。この時代は確かに、高校は義務教育ではない。けれど、ほぼ百パーセントに近い子供が、高校進学をする。親だって、なかなか中卒を認めないはずだ。高校を中退しても、高校卒業認定の試験を受けることを勧めるだろう。

「なんで、あと一年?」

 考えなしに、ヒカルは言った。問いかけというよりもむしろ、独り言の呟きだった。

 桃子はヒカルの手を振り払い、よろよろと五歩程度前進し、それから振り返った。

 十六、いや、誕生日がまだだから、十五歳か。その年頃の少女とは思えない顔だった。

 すべてを諦めて、受け入れている。それも、後ろ向きな感情ではなくて、あるがままを受容している表情だった。

 運命だから、仕方がないのだと桃子は小さく言った。

「私、十六歳になったら、結婚するんです。だから高校とか、もう行けないの」

 秘密を打ち明けるような、囁き声だった。

 ヒカルは驚きのあまり、それ以上追及できなかった。ただ、また会って話がしたいな、と早口に言い、なんとか約束を取り付けるのが、ぎりぎりだった。

17話

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