業火を刻めよ(20)

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火 ライト文芸

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19話

 待ち合わせ場所に指定したのは、彼女の通う高校の、校門前だった。土曜日は休日で、部活にやってくる生徒しかいないが、若い男がいるのは珍しいらしく、チラチラとこちらを見てくる。

 兄でーす、という顔をして、ヒカルは彼女たちと目を合わせないようにしていた。待ち合わせの時間を過ぎても、桃子の姿は見えず、にわかに不安になった。

 十五分が過ぎたところで、息を弾ませて桃子が現れた。

「ごめん! お待たせしました……」

「いや、大丈夫。それよりも家は、平気?」

 桃子は胸を張って、Vサインで勝利を宣誓した。

「言われたとおり、学年末テストの後の交流会の係で、話し合いがあるって言ったの。最初は嫌な顔されたけど、信者の人が援護してくれて……よかったあ、無事に来られて」

 その信者は、もしかしたら黒田かもしれない。ヒカルは漠然と、そう思った。なんとなく、あの人ならば、すべてを知っていても知らなくても、桃子の境遇に同情して、そっと逃がしてくれそうな気がした。

(考えすぎかもしれないけど)

 ヒカルが何やら考え込んでいる表情なのを気にしてか、桃子が控えめに、「あの」と声をかけてくる。はっとして、ヒカルは微笑み、「行こうか」と、彼女に手を差し伸べた。

「えっ……え?」

 差し出された手の意図を読み切れずに、桃子は目を白黒させて、ヒカルの顔と手と交互に見比べた。不慣れな桃子の様子に、自分だってデートは初心者のくせに、ヒカルは余裕ぶって、彼女の手を強引に取った。

「ヒカルくん?」

「デート、っしょ?」

 ヒカルの笑顔に、桃子は頬を赤くして俯いた。が、それも一瞬のことで、「うん!」と笑顔で大きく頷いたのだった。

※※※

 未来からやってきたヒカルも、桃子同様に、女性ファッションを扱う店に詳しくはない。黒田の家でテレビを見て、隙を見ては本屋でファッション誌を立ち読みして、予習はしたが、不安は拭えない。

 買い物は、女子がメインのイベントだ。疎いとはいっても、桃子にはきっと、希望のショップがあるだろう。

 駅に着いたヒカルは、桃子に「どこに行きたい?」と尋ねた。桃子は学生鞄の中から、雑誌を取り出した。研究熱心なことに、桃子は付箋をたくさん貼っていた。

「原宿!」

 行ったことはあるのかと問うと、彼女は首を横に振った。

「初めて。でも、すっごくキラキラした場所だっていうのは、知ってる!」

 桃子のような学生から、流行に敏感な個性的な姿の業界人、ロリータファッションに身を包む、ヒカルにとっては異世界の人間のような存在まで、さまざまな人間を内包する街、原宿。そこに桃子は夢を抱く。

 最初で最後の思い出になんか、させない。ヒカルは決意していた。原宿で、楽しい思い出を作ることで、桃子が「また来たい」「自分も自由になりたい」と、そう思うきっかけにならなければならない。

 彼女の人生の中で、電車に乗って遊びにでかけるという経験は、あまりなかった。学校への通学くらいでしか乗らないので、わずかな時間しか乗車しない。

 揺られる車窓を眺めて、桃子の目は期待の光を湛えていた。ヒカルは黙って、彼女を見守った。

 電車を乗り継ぎ、原宿に辿り着くと、桃子は迷うことなく歩き始めた。人出が多い土曜の街中だが、彼女はすいすいと地図もなしに歩く。ヒカルは危うく置いて行かれるところだったが、そこは一応、警察官の訓練を受けている。見失うはずもない。

「ずいぶん慣れてるみたいだけど」

 ヒカルが言うと、桃子は自分がいかに速足になっていたかを自覚して、減速した。照れ笑いを浮かべながら、

「ずっと、想像してたから。この道だって、何度も何度も、歩いたの」

 空想の中でしか、訪れることを許されなかった憧れの街を、桃子は今、現実に歩いている。竹下通りの雑然とした、カラフルな風景にも、暗い色の制服を着た彼女は、しっくりとなじんでいた。

(まぶしいなあ)

 ヒカルは目を細めて、桃子を見つめた。全身で、この場所が好きだと表現する桃子から、エネルギーが立ち上って見える。

「まずは、どこ行く?」

「えっとね」

 桃子の手から鞄を取り上げて、ヒカルは彼女と手を繋いだ。桃子はもう、驚いたりしなかった。

※※※

 ファッションビルの中を、桃子はヒカルを連れ回した。こちらの店を見ていたと思ったら、次はこちらの店。でもやっぱりあっちの方がよかったかな、と引き返す。階数違いで店をまたいで往復するとなったときでも、ヒカルは文句ひとつ言わずに、彼女に従った。

 桃子は洋服を、吟味していた。宗教をやっている家は全部そうなのか、教団施設には金がかかっていても、教祖である父は、家族に還元しなかった。小遣いをほとんどもらっていない彼女は、なけなしの貯金をすべて下ろしてきていたが、セール品になっていない洋服は、予算オーバーだ。

 それでも諦めきれないとみえる洋服を、ヒカルは一着、彼女のために購入した。何度も体にあてて、「どうかなあ」とヒカルに尋ねたトップスだったが、桃子は結局、棚に戻していた。

 彼女がトイレに行っている間に、ヒカルは会計を済ませた。戻ってきた桃子に、「はい」と手渡すと、目を丸くした。一度は拒絶する。

「悪いよ! こんな風に、連れてきてもらった上に、買ってもらうなんて」

「いいから。それ、気に入ったんだろ? 俺も、桃子にすげえよく似合うと思うし」

 タグは切ってある。次に入った店で、桃子はセールになっていたスカートを一着購入し、試着室で着替えた。セーラー服ではない桃子は、少しだけ洗練された姿で、ヒカルの前に現れた。

「可愛い。似合ってる」

 桃子の手を恭しく取って、「じゃあ次に行こう」と、ヒカルは時計を見て言った。

「次?」

 彼女の中では、今日の計画は、買い物をするところで終わっている。せいぜい、クレープを食べたり、タピオカを飲んだりというところだろう。

 ふふふ、とヒカルは笑う。大人のミステリアスさを出そうとしたのに、不気味なものになってしまった。

「サープラーイズ」

 発音も英語っぽくしたかったけれど、失敗した。

21話

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