業火を刻めよ(4)

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火 ライト文芸

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3話

「そうだ」

 腕を出せと言われ、ヒカルは素直に出す。手際よくゴムバンドで二の腕を締め上げると、エリーは血管の位置をちらっと確認した程度で、刺すぞという予告もなく、注射器を遠慮なく突き刺した。

「いてぇ!」

 注射が苦手というわけではないが、心の準備は必要だ。しかも最悪なことに、「痛いように刺したからな」と、エリーは涼しい顔で言ってのける。

「なんで」

 涙目で唇を尖らせたヒカルの腕から注射針を抜き、ガーゼで採血跡を保護する。

「痛みへの耐性チェックだ。地上の連中以上に、こっちは荒っぽい現場も多いからな。ちょっとやそっとの傷で、任務をほっぽりだされても困る」

 理路整然ともっともらしいことを説明されると、危うく信じそうになる。いてて、とガーゼを擦りながら、ヒカルは念のために尋ねる。

「ちなみにそれ、上司からの指示でやってんです?」

「いや。俺の独断と……」

「独断と?」

「趣味だ」

 きっぱりとエリーは宣言する。すぐには彼の言葉が理解できなかったヒカルだったが、じわじわと事態を飲み込んで、最終的には、「ふ、っざけんなー!」と、敬語の放棄に至った。

「趣味? 趣味の一言で済むかよ! 血管の中グリグリ動かしまくりやがって! 何かあったら医療ミスで訴えてやる!」

 キレるヒカルをよそに、エリーは淡々と診断準備を進めていく。

「それだけ元気なら、大丈夫だ。問題ない」

 どS変態医者、鬼畜野郎、と語彙力に乏しいヒカルの罵り言葉を、エリーは聞き慣れているのだろう。もっと独創性が欲しいものだな、とまで呟く。それがまた、ヒカルの怒りのツボを刺激して、治まらない。

「なんっでお前みたいな奴が、警察官なんだよー!」

 医師免許を持っているのなら、そのまま普通に病院勤めでもしていればいい。高慢な態度だが、大学病院でバリバリ手術をこなす冷酷な医師だとしたら、納得がいく。どうして彼は、警察官になろうと思ったのだろう。

「その疑問に答える義務は、俺にあるのか?」

「はぁ?」

 血圧計をヒカルの腕に巻いていたエリーは、「血圧が高いな」とだけ言った。血圧が高いとすれば、それはエリーへの度し難い怒りを覚えているせいだ。

「再検査かもしれないな」

「検査なんていらねぇし! どっちかっていうと、低血圧なんだよ俺は」

 毎朝起きるのが辛くて、三十分はベッドの上でごろごろしているのだ。なんとか起き上がったとしても、頭はぼんやりとしている。そんなヒカルの訴えを、エリーはまるっと無視した。

(つ、疲れる……)

 すべての検査を終えて、あとは一週間後に結果が出るのを待つだけだが、すでにヒカルはぐったりしていた。机の上に突っ伏していると、後頭部に何か柔らかいものが当たる感触がして、驚いて顔を上げた。

「なに?」

 きょろきょろ見回すと、コンビニのおにぎりが床に落ちていた。拾うと、腹が空腹だと訴え始めた。昼の時間になっていたことを今更知り、梅のおにぎりを片手に、考える。

 これを投げたはずのエリーをちらっと窺うと、素知らぬ顔でデスクに向かい、パソコンのキーボードを叩いている。片手には、鮭のおにぎり。

 食べろ、ということなのだろう。ヒカルはもごもごと口の中で、「いただきます」と言って、フィルムを外した。

「休憩が終わったら、次は体力測定だからな」

「げ」

 さっき血を抜いたばっかりなのに? 跳んだり跳ねたり走ったりするの?

 あんぐりと口を開けたヒカルに、エリーは、「傷を負った状態でも、走らなければならないときがあるだろう」と諭す。

 だが、もう騙されない。

「その心は?」

「俺の趣味だな」

 ヒカルはもう、わなわなと震えながら、小声で「変態」「鬼畜」「どS」と罵ることしかできない。

「あ~もう! なんでお前みたいなのとコンビ組まなきゃなんないんだよ!」

 ヒカルの魂の叫びは、エリーに一蹴される。

「それはこちらも同じだ。まったく、新人とばかり組まされる俺の身にもなれ」

 その言葉の意味するところは、つまりはエリーと組んだ新人は、コンビ定着することなく解消しているか、最悪、退職しているということで。

 ヒカルは思わず、エリーのことをじと目で見てしまった。

「なんだ。言いたいことでもあるのか?」

 そしてこの様子だと、案の定、未熟な新人捜査員とばかり組まされている原因が、自分にあるとは微塵も考えていないのだろう。

(前途多難すぎる)

 園田と話していたときに抱いた、どれほど辛くとも職務をまっとうするのだという決意は、わずか数時間でしなしなに萎んでしまっていた。

>5話

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