業火を刻めよ(6)

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火 ライト文芸

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5話

正史課に置かれたデスクのうちの一つを、ヒカルは割り当てられている。荷物置き場としてしか利用していなかった。

 出勤して荷物を放り投げると、ヒカルは急ぎ、医務室へと向かう。

 極度の方向音痴であるヒカルだったが、エリーに嫌味を言われまいという自己防衛の意識が働いたのか、医務室までの道のりは、一度で覚えた。普段ならば、一週間はかかるところなので、まだ迷ってうろうろしていただろう。

「おはようございます!」

 フレッシュな新人らしく、大きな声で挨拶をすると、頭の奥がじん、と痛んだ。部屋の主は、ヒカルを一瞥する。絶対にこの男は、「おはよう」の「お」の字も返さない。

 一息つく間もなく、エリーは立ち上がった。

「行くぞ」

 相変わらず目的語のない男だ。彼の言葉数が増えるのは、ヒカルを罵倒するときだけだ。それ以外は徹底して省エネに励んでいる。いちいち「どこに?」と尋ねるのも、もはや馬鹿らしくなっていて、ヒカルは黙って彼の後ろをついていく。

 向かったのは、今出てきたばかりの正史課だった。一週間、顔を合わせて挨拶を交わすだけだった課長のデスクに、エリーは真っ直ぐ向かう。

 頭が薄く禿げた課長は、細い目をさらに糸のようにして、二人の来訪を迎えた。いつもエリーの不機嫌な無表情ばかり見ているヒカルにとって、中年の男であっても、にこやかに話しかけられるのは、ほっとすることだった。

「奥沢光琉巡査」

「っ、はい!」

 課長は立ち上がり、ヒカルの肩を掴んだ。思ったよりも力が強い。見つめ返した課長の目は、慈愛に満ちていた。

「初任務だよ」

 さらりと言われた言葉は突然で、ヒカルはうまく呑み込めなかった。

 初任務? 本当に? まだ一週間しか経っていないのに?

 思わず、隣のエリーの顔を見た。いけ好かない野郎だと思っているのに、こんなときに頼ることができるのも、またこの男だけだった。研修中のヒカルのことを知っているのは、エリーだけだ。

 体力とやる気だけはあるものの、正史課の仕事に必要な「正しい歴史」というものが、ヒカルはまだ、覚えきれていなかった。日本史の知識ですら、あやふやなのだ。

 エリーはヒカルの壊滅的な記憶力をわかっている。昨日も散々に罵倒されたばかりだった。今日だって、追試をすると言われて、昨日も一生懸命に勉強していたのだ。課長の発言によって、全部飛んだけど。

 エリーはヒカルの方を見なかった。淡々と、「どこの時代ですか?」と課長に先を促している。

 彼の着ている白衣の袖を引いて、自分の懸念に気がついてもらおうとしたが、やめた。子供みたいな真似をしても、後で馬鹿にされるだけだろう。

「二〇一八年、二月一日から三月四日。東京都足立区」

 小さな記録媒体がエリーに手渡される。詳しい資料はそこにすでに入っているのだろう。

「草から、奴らが妙な動きをしていると連絡があった」

「なるほど」

 草って? 奴らって、誰だ?

 エリーと課長が勝手に話を進めている。ヒカルが口を挟み、疑問を呈する隙はない。

「奥沢巡査」

「はい」

「君のスキップ能力は、群を抜いていると聞いている。……行けるね?」

 無理です。いけません。言えるはずもなかった。

 ヒカルは無理矢理、笑顔を作った。張った胸をドン、と叩いて、課長に宣言した。

「はい! お任せください!」

 笑いは張りついて、戻らない。エリーの表情を見ることなく、ヒカルは初めての任務を請け負うこととなった。

7話

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