業火を刻めよ(7)

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火 ライト文芸

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6話

 医務室へ戻ると、ヒカルは自分用に用意された机に突っ伏した。

「マジでか……俺、もうちょい先になると思ってたわ」

 少なくとも一ヶ月は、エリーについてみっちり研修を受けてからの初出動だと信じていた。

「なぁ、俺、本当に大丈夫だと思う?」

 舐められてたまるか、といつもは気を張っているが、今日のヒカルは弱気だった。エリーに尋ねると、彼もまた、珍しく言う。

「大丈夫だ。お前なら」

「ほんとに、ほんっとうにそう思ってる?」

「ああ」

 新人とばかり組まされているという彼は、もしかしたら人の見る目がその分養われているのかもしれない。今までパートナーになってきた新人と比べて、自分には光る物があったのかも。

 そう考えると、ヒカルは急にやる気が湧いてきた。

「よっし! じゃ、どんな仕事なのか、説明してくれよ!」

 顔を上げたヒカルに対して、エリーはぼそりと何か言った。

「なんか言ったか?」

「いいや、何も……ほら、説明するぞ」

 なんだかごまかされたような気がするが、準備にも時間がかかる。ヒカルがおとなしくなったのを見届けて、エリーは話を始めた。

「今回の俺たちの任務は、監視だ」

「監視?」

 特殊な部署だとはいえ、あくまでもヒカルたちは警察官である。どれほど疑わしい人間であっても、現行犯でもなければ緊急捕縛は難しい。まずは、歴史改変をしている人間の証拠を掴むことが、最優先とされる。

 エリーはタブレットの写真を拡大した。

辰巳たつみ桃子ももこ? この子が時間犯罪者だっていうのか?」

 資料に添付されているのは、中学生か高校生の少女だった。頬はふくふくと柔らかそうで、健康そうだ。顔立ち自体は派手ではないが、化粧を覚えたら変わりそうな顔、とでもいうべきか。

 あどけない桃子の姿に、こんな子が犯罪者の訳がない、とヒカルは反発した。エリーは呆れながら、「話を聞いてから発言しろ、馬鹿が」と嘆息する。

 ヒカルは渋々、「お口にチャック」の状態で、エリーの説明を受けることにした。

「彼女は、宗教法人・龍神之業たつみのわざの教祖である、辰巳千現せんげんの一人娘だ」

 阿呆のようにヒカルは、聞き慣れない組織の名前を繰り返した。

「……まさか、忘れたのか? 今日の再テストの範囲だっただろうが」

「えっ。えっと……うん」

 ごめんなさい、と素直に口にしたヒカルを、エリーは嬉々として叩く。

「鳥頭とは言うが、お前はそれ以下なんじゃないか? 一度MRIスキャンしてやりたいくらいだ」

「な、なんだよー。謝ったじゃん……」

「謝れば許されると思っているのか。愚かだな。小学生か」

 言い訳すればするほど、ドツボにはまっていくような気がして、ヒカルは押し黙った。最も賢い選択だった。ヒカルの沈黙に、エリーは気が済んだのか、それ以上の追及をやめた。ヒカルの知識不足を補うように、詳細な説明を加えていく。

「龍神之業は、信仰の自由や集会・結社の自由を制限するきっかけを作った、カルトだ」

 朝、通勤中に見かけた光景を思い出した。ヒカルはまじまじと、写真の少女を見つめる。

 カルト教団のトップの娘。笑顔を浮かべてはいるものの、どこか寂しそうな印象を受ける。

 常人には理解されない家庭で育ったせいだろうか。同じく、複雑な事情を負ったヒカルは、彼女のことを放っておけないと感じた。

「でもさぁ。なんで、娘の監視なんだ? 歴史改変狙ってる連中なら、親父の方に仕掛けてくるんじゃねえの?」

 すっかり桃子に同情してしまっていたヒカルは、何気なく疑問を呈した。エリーは少しの沈黙の後、ふん、と鼻を鳴らした。

「ど素人に毛が生えた程度のお前に、父親の監視はまだ早いということだ」

 そんなことはわかりきっている。別に、父親の方がいいというわけではない。むしろ、可愛い女の子で目の保養ができて、万々歳だ。

「父親の方の監視は、草がそのまま継続する」

「草って……」

 エリーがじとっと睨んできたので、ヒカルはすでに与えられた知識であったことを悟った。さっと口を噤む。

「その時代の人間として生きている捜査員のことを、草と言う」

 ヒカルの頭の中に入っていないことなんて、エリーはお見通しだった。

 経験豊富な草は、その時代時代の情報を仕入れ、自分の頭に叩き込んである歴史と照らし合わせ、おかしな動きがないかを常に確認している。

 現代を拠点として活動するヒカルも大変だが、現地で暮らす草は、もっときついだろうと思う。草にならないかと打診されても、絶対に拒否しようと、ヒカルは心に決めた。

「ついでに、敵についてももう一度復習しておけ」

 タブレットは別の画面になっていた。もう少し、龍神之業や桃子について見ておきたいところだったが、サポートに回るエリーが、そこはフォローしてくれるだろう……たぶん。

「ピース・ゼロ」

 大きなフォントで書かれた組織名を、ヒカルは読み上げた。

 歴史そのものを大きく変えてしまおうという組織は、いくつもあった。先輩たちの働きもあり、その大部分を壊滅することができたが、ピース・ゼロは近年、急に台頭してきた組織だった。

 構成人数など、警察は懸命に探っているが、いまだに多くの部分が謎に包まれているピース・ゼロは、他の組織とは大きく異なる部分が存在する。

 不殺の則。歴史の流れを変える目的のために、転換点にいた人物を殺したり、成果物を破壊したりという行為はしない。そのため、警察側がピース・ゼロを糾弾する理由が弱くなってしまうのだ。

 ヒカルのような素人は、それでどうやって歴史を改変することができるのだろうと考えてしまう。

 明治維新をなかったことにしたかったら、関わった幕末の反幕府側の人間を、新撰組などによるものだと偽装して、暗殺するのが一番手っ取り早い。破壊活動なき革命は、時間もかかるだろう。

「龍神之業の施設近くで、それらしき人物が見つかっている」

 彼らがどのような手法で改変を企てるのかは不明だが、行動を起こした瞬間に逮捕できるように、ヒカルたちは関係者を見張っていればいい。

「で? いつ行くの?」

 監視対象と敵についての基本知識をしっかり頭に入れて、ヒカルは尋ねた。

「今日は寮に帰って、準備だ。明日の午前中には、跳んでもらう」

 跳ぶ、という行為を思って、ヒカルの胸は高鳴る。

 スキップは、決して気持ちのいいものではない。現地に到着した瞬間には、頭がクラクラして死にたくなる。

 それでも、持て余していた力を発揮することで、世のため人のためになるということが、ヒカルを高揚させた。

「準備って、何すればいい? 着替えとか、そういう当たり前の出張に必要なのでいいのか?」

「必要なものは向こうで買えばいいから、必要最低限。それよりも、心の準備をしておけ」

 とっくにできている。口を開きかけたヒカルを、エリーは制した。

「向こうの時代で命を落とせば、死体もそのままだ。二度と、現在には戻ってこられない」

 ヒカルがスキップ能力に目覚め、研究所で訓練を積む中で、言われ続けていたことだった。

 跳ぶ時代は、よく考えること。場所の座標もコントロールできるようにならなければならない。

 言葉のまるで通じない外国で、捕らえられて奴隷にされるかもしれない。

 激しい戦争の真っただ中にスキップして、跳んだと思った瞬間に、爆撃を受けるかもしれない。

 能力者は、常に最悪を考えて行動せよと教えられてきた。ヒカルは今まで、比較的平和と言われる時代にしか、跳んだことはない。

 これから任務で向かう二〇一八年だって、日本は周辺諸国と緊張関係にあった時代ではあるが、それでも戦争中ではない。新人に任せられる時代を、課長は選んでヒカルに与えた。

 大丈夫だよ、と、ヒカルは言えなかった。

「親にきちんと、一言言っておけ」

「でも」

 エリーはヒカルの家の事情を知らない。母は、結局留守電を聞いても、折り返しかけてくることはなかった。

「命令だ」

 これ以上話すことは何もないと、エリーは背を向けた。白衣の大きな背中を見ながら、ヒカルは唇を噛みしめた。

8話

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