<7話
翌日、早朝。
最低限の身の回りの物だけ詰め込んだリュックと、携帯端末を前にして、ヒカルは黙っていた。
携帯、といっても発信専用のようなものであり、電話着信はおろか、メッセージの着信すら、宣伝の類しか来ない。前回、長いコール音に呼び出されたのはいつだったのか、ヒカルは思い出せない。
親に一言。
一週間前に、自分でも戸惑いながら電話をしたばかりだ。こんな短期間に、いったい何を話せばいいのか。
命令だ、とエリーは言うけれども。
(……聞く必要は、ないな)
任務中、研修中にあれをしろこれはするなと命じられるのは、当たり前だと受け入れている。バディという対等な関係でありつつも、エリーは先輩だ。
安全に、そして確実に任務を遂行するために、彼の言い分には道理が通っている。
けれど、親に連絡をするかしないか、というのはヒカルのプライベートだ。彼に命令される筋合いはない。
やっぱりやめよう。電話をした方が、気になって仕事に集中できない気がする。
ヒカルは時計を確認して、「やべっ」と短く叫んだ。
もう行かなければならない。リュックを掴んで、慌ただしく部屋を出る。
外に出て、ヒカルはアパートを見上げた。
次に帰ってくるのは、約一か月後。その頃には、本格的な冬がやってくる。
「いってきます」
待っている誰かがいるわけでもないのに、ヒカルは口の中で呟いていた。
>9話
コメント