青炎は銀の御巫の愛に燃ゆ(17)

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(16)

「ホムラ様っ!」

 今度こそ完全に目を覚ますと、眼前にレイニの顔が迫っていて、思わず「うわぁ」と声を出した。死にかけていたというのに間抜けなことだ。ホムラはおずおずと起き上がる。

「ホムラ様、そのお姿は……」

 呆然としたレイニの言葉の意味がわからずにいたが、自分の視界に入る髪の色が、いつもよりも黒い。

 そう、夢で見た前世、焔の色と同じだ。

 手をにぎにぎとしてみても、違和感はない。腹の奥に貯まっていた炎が、そこから照射される気配もなかった。

「ああ、そうか」

 精霊は、力を使い果たすと「あるべき場所」「あるべき姿」に戻る。普通の精霊が還るべきは、それぞれの元素だが、ホムラは元々が人間だ。

 ならば、精霊としての「死」が、人間としての新たな「生」となるのは、ありうる奇跡ではないか。

「レイニ。おれはもう、精霊じゃない」

「と、言いますと……?」

 話をすれば長くなる。だが、今は悠長なことをしている場合じゃない。

「うーん。まずは、この戦争を終わらせようか」

 命を懸けて存分に力を振るったホムラの活躍によって、帝国軍は混乱を極め、自滅していた。

 そこにレイニが現れ、改めて火の精霊を呼び出す。

 イフリートや他の精霊王が、身勝手な戦争を仕掛けた帝国に味方をするわけがないと確信していた。

 レイニの呼び声に、火の精霊は応えた。それがイフリートの側近だったものだから、ホムラは驚き呆れた。

 すでに散々、自分が暴れ回った後である。さすがに戦力過多ではないか。

 ホムラの蹂躙によって、とっくに心を乱していた兵士たちは、新たな火の精霊の出現に、戦う気をすっかりなくした。精霊を従える御巫、つまりはレイニの前にがっくりと膝をつき、降伏を申し出る。

 すでに彼らを指揮する将軍は心を完膚なきに破壊され――もっとも、最初から彼によって統率されていたのかははなはだ怪しいのだが――、ケタケタと意味もなく笑っている。

 ちょうど同じ頃、反対側の戦地では、ティリア族との決着もついたという。精霊同士の感応に、ホムラはもう参加できないが、召喚された高位精霊が教えてくれた。

 最初は押されがちであったところに、人々の回復を終えたルルが参戦し、叩きのめした。彼女の「あんたら、よくもやってくれたわねぇ!」という大声が聞こえてくるような気がして、ホムラは苦笑した。

 高位精霊は無感動な目でホムラを見る。レイニがホムラの肩を抱き、庇った。

 力のある御巫は、精霊の力量を見極めるのも得意だ。目の前の精霊が強いことを理解している。

 大丈夫だ、と彼の手をぽんぽん叩いて、ホムラは精霊と対峙した。

『何か言いたいことは?』

 言葉を補えば、「イフリート様に言いたいことは」が正確であろう。

 ホムラは少し考えた。

「前世の私には、火の神様……イフリート様しかいませんでした。だから、精霊への転生を喜んで受け入れたのです」

 精霊になってからも、親しい者はなかなかできなかった。イフリートと、それからルル。どちらも大切な存在ではあったけれど、ホムラを覚醒させるには足りなかった。

 ホムラは傍らのレイニを見上げる。

「でも今は、私にはレイニがいます。レイニのために精霊の力を捨てたこと、後悔しません。精霊に比べたら一瞬の生ですが、私は人間として、これからを生きて参ります」

 神妙な顔をして聞いているかと思った火の精霊はしかし、顎に手をやったかと思うと、

『長い。覚えていられん。一言にしろ』

 と、偉そうに言う。

 こんなことなら、しょっちゅう精霊王の遣いに出されていた自分の方がよっぽど有能だぞ、と思うとおかしくて、ホムラは声を上げた。呵々とした笑い声の合間に、涙が挟まる。レイニはホムラの肩を抱いた。

「ならば、ありがとうございました、と。一生忘れません、と」

 二言じゃないか、とぶつぶつ言いながらも、精霊は言伝を請負い、ふん、と姿を消した。

 ホムラとレイニは顔を見合わせ、そして笑った。

「……さぁ! これからやることが多いぞ!」

「ええ、そうですね」

 まずは、レイニの傷の手当て。それから呆けている捕虜たちを、どうにかしなければ。

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