青炎は銀の御巫の愛に燃ゆ(2)

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「精霊様! 精霊様がいらっしゃった!」

 目を開けたホムラを迎えた第一声は、興奮した男のものだった。

 彼が自分を喚んだ御巫みこか。

 わくわくと見れば、髭がもうもうと生えた大男だったので、驚いて後ずさった。

 精霊が美しいものを好むことは、人間にも広く知られている。召喚の成功率を上げるため、かんなぎはその力も大事だが、男であっても女であっても、美形がその任に就くのが常であると、聞きかじっていた。

 人間界から戻ってきた精霊の土産話といえば、どんなに美形の御巫であったか、その一点だ。

 まさかこんな毛むくじゃらのむくつけき男に召喚されたとは。ルルが爆笑するのが、今から目に浮かぶ……。

 軽い絶望にふらつく身体を、誰かが支えた。

「精霊様」

 低く、胸の奥や腹の底に響く声が、ホムラに呼びかけた。初めて聞くはずなのに、聞き覚えがある。

 恐る恐る仰ぎ見ると、そこにいたのは美しい男だった。

 銀の長い髪、赤い瞳。その奥にはちらちらと絶えぬ炎が燃えているように感じる。目の下には、御巫であることを示す、三角形の墨が入っている。

 精霊を呼び出すための儀式の際、御巫は伝統的な衣装を纏う。すなわち、男の場合は上半身は裸で、下履きの他に派手な色柄の布を巻きつける。

 自分を抱き留めているのは、何も身につけていない裸の胸だ。褐色の肌は滑らかで逞しい。かといって、暑苦しくない。恍惚の中で踊っていたから、胸筋の谷間には汗が滲んでいたが、不愉快だとは思わなかった。

 あまりの美しさに見惚れていたホムラは、「精霊様?」と、再び呼ばれて我に返った。咳払いをして、銀髪の美丈夫と対峙する。男は黙って跪いた。

「……私を喚んだのは、そなたか」

 なるべく威厳のある態度で問いかける。その方が、人間が想像する「精霊らしい」から。

「はっ。ナパールの族長が嫡男・レイニと申します。精霊様」

 このあとにすることはわかっている。何度も思い浮かべては、その辺の岩を相手に練習をしていた。いつ誰に召喚されても、慌てないように。

 深く頭を垂れたレイニの後頭部に、ホムラは触れた。

 できる限り丸いものを選んでいたとはいえ、岩肌とはまったく異なる。柔らかな銀の髪は、絹糸のように流れていく。

 いつまでも触れていたいと思ったが、あまりにも動かないと不審に思われる。

 ホムラはこの場にふさわしい定型文を宣言した。

「ナパールの民を導く御巫、レイニに祝福を」

 厳かなやりとりに静まりかえっていた群衆が、ワァ、と声を上げた。

「レイニ様が、精霊様に祝福をいただいたぞ!」

 立ち上がったレイニを背後に従えて、ホムラは皆に手を振る。大人も子どもも、目を輝かせて精霊であるホムラと、召喚に成功したレイニを讃えた。

 普段軽んじられているホムラは、人間に崇められて、いい気分だった。特に、精霊と同じくらい顔の整った男を侍らせているのは、他の精霊たちも羨ましがるにちがいない。

 誇らしい気持ちで小鼻を膨らませたホムラは、しかし、歓声の中から聞こえてきた声に虚を突かれた。

「水の精霊様がいらっしゃった!」

 と。

(え、水……?)

 耳をすませば、誰も彼もがホムラのことを「水の精霊」だと認識しているようだった。

 ホムラは自分の髪の色を思い起こす。

 暗い色であっても、青は青。人の世に積極的に介入する精霊は多くはないが、記録にはしっかりと残っている。

 青い色といえば、水の精霊というのが彼らの共通認識なのである。ホムラの髪色は確かに火を司る者としては異端だが、決めつける前に確認をしてほしかった。

 自分が間違えたのか? 本当は、ルルみたいな水の精霊を喚んでいたのか?

 だとすれば、なんて間抜けな精霊だ。他の連中に馬鹿にされるのも、仕方がない。

 ここで謝って、精霊界に帰るべきだろうか。

 笑顔の人々、ひとりひとりの顔を見て、ホムラは「できない」と思った。彼らは心から、水の精霊を求めていた。「違うんだ」と言えば、落胆する。

 彼らの笑顔を消したくない。

(それに)

 ホムラの肩に、そっと布が載せられた。振り向くと、レイニだった。

 彼は事前に用意していたのだろう、美しい織物をホムラに着せかけた。

「精霊様のお体に、強い日は障りましょう」

 こちらの世界にやってきた精霊は、実体を持つ。人間に比べれば遙かに丈夫だ。夏に向かう季節の日差しもどうということはないが、彼の気遣いを無駄にすることもない。

「……」

 見つめるレイニの表情は、落ち着いている。召喚に失敗したとは思っていない様子で、彼もまた、ホムラのことを水の精霊だと勘違いしているに違いなかった。

 火の精霊だと名乗り出ることは、レイニに恥をかかせることになる。

 彼は御巫で、族長の息子。民に軽んじられては、この先支障もあろう。

「精霊様、何か?」

 ホムラはますます事実を告げる気にならず、決心した。

 こうなったら、最後まで水の精霊で通してやる、と。

「いいや、何でも」

 ホムラは緩く、首を横に振った。

(3)

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