青炎は銀の御巫の愛に燃ゆ(20)

スポンサーリンク
BL

<<はじめから読む!

(19)

「おおい、ホムラよ。これ、買っていかないか?」

 市場を歩いていると、ホムラはよく声をかけられる。

「ええ? ぼったくりじゃないよねえ?」

 精霊だったときと違って、ざっくばらん、素のホムラの態度を、ナパールの民は面白がった。基本的には気のいい人間ばかりで、歓迎してくれている。

「そんなわけないだろうが。どうだ。この実、レイニ様はお好きだぞ」

「……知ってるよ」

 なんだかんだ、族長の息子であるレイニとの付き合いは、彼らの方がうんと長く、ホムラが知らない彼の情報が、おそらくまだ山ほど眠っているに違いない。

 結局、八百屋の店主に載せられた形で果実を購入した。もちろん、おまけを交渉して。世間知らずの精霊ではなく、賢い人間を目指すのだ。

 レイニとホムラは、完全に復興を遂げた段階で、皆の前で結婚を宣言した。男嫁と揶揄する者もいたが、周囲に鉄拳制裁を食らい、黙らされていた。

 もともと妻帯しないと公言し、孤独を貫こうとしていたレイニである。

 子どもは産めないし、人間→精霊→人間という得体の知れない経歴の男であっても、レイニを心配していた長老たちは、「心を許せる相手ができたんだねぇ」と、目頭を熱くしていた。

 レイニは御巫としての活動をやめ、族長になるために日々励んでいる。

『私の精霊は、ホムラだけですよ。他の精霊への儀式など、もうできません』

 と潔い彼の元には、素質があると判断されたラジがやってくるようになっていた。

 まだ幼く、修行をつけるわけにはいかないが、ふたりが暮らす庵は、精霊の気が濃い聖地にある。

 そこで遊べば霊力は増し、ホムラから精霊界についての話を聞くことで、理解を深めている。

 当然、彼と仲良しのふたりがついてくるのだから、庵での新婚生活は、存外賑やかだった。

「おれ、大きくなったらラジをまもるごえいになるんだ!」

「なら、あたしはおせわするの」

 立派な御巫となったラジの左右に控える、大人になったサイとシャビィの姿が見えるようで、ホムラは微笑んだ。

「ホムラ」

 会合から戻ってきたレイニの声に反応し、駆け寄る子どもたちは彼の膝にべったりと寄りつく。わらわらと懐かれ、困っているレイニの元に、ホムラもゆっくりと近づいた。

「レイニ、お帰り」

「ただいま」

 最近の彼は、よく笑う。精霊時代はどうやら、ホムラの気にあてられ、緊張していたらしい。

『下っ端だなんてとんでもない。あなたの力は漏れていましたよ』

 と言うが、御巫としての彼の力量が優れていたから、感じ取れたのだろう。自分ですら、あの無茶な戦い方は、火事場の馬鹿力というやつだったと思う。

「ねぇ、ホムラ」

「ん?」

 相変わらず早熟なシャビィは、両手を口元に持っていって、くねくねと身をよじった。

「レイニさまに、おかえりのチューはしないの?」

 チューという言葉にすぐさま反応して、きゃあ、と笑ったのはサイだ。

 レイニは「ちゅ、チュー……」と、絶句している。

「ちゅー、ちゅー!」

 そう囃し立てる悪ガキどもの頭をぐしゃぐしゃにしてやって、ホムラは期待しているように見えるレイニの唇を、奪った。

 ――どうか、幸せに。いつまでも見守っているよ。

 一瞬触れるだけのキスと同時に、風が吹いた。振り返るホムラの目には、滝壺が映る。

 もう、向こう側にルルがいても、見えない。霊力は使い果たされ、人間の身体には残らなかった。

 レイニの髪でできた組紐も、どこかへ消えてしまっていた。あれは、ホムラにとっての精霊石の代わりだったのかもしれない。

 ホムラはただの人であり、精霊祭のときであっても、もうルルのことを感知できない。

 でも、きっと見守ってくれているはずだ。

 もしかしたら、イフリートも滝の向こうからこちらを覗くことがあるかもしれない。

 何せあのお方は、人間だった焔のことを、いたく気に入っていたのだから……。

「ホムラ」

 余所事を考えているホムラの肩を掴んで振り向かせ、顎を指で上げたレイニから、再びの口づけを受ける。

「きゃー!」

 はしゃぐ子どもたちの声を、滝の落ちる音がかき消していく。

(了)

ランキング参加中!
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説家志望へ



コメント

タイトルとURLをコピーしました