青炎は銀の御巫の愛に燃ゆ(4)

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(3)

 水の精霊なりすまし作戦は、どうにか上手くいっている。

 夏にかけ、雨が多くても少なくても、畑の作物は育たない。ホムラはレイニとともに、実際に農業に携わる人間――主に女たちとよく相談をして、雨を降らせる日や降雨量を決めていった。

(ルルに相談しなくちゃなあ)

 フゥ、と溜息をつくホムラは、窓の外を見た。自然な降雨など期待できそうもない、快晴である。

「失礼」

 族長の長子であるレイニは、御巫としてホムラに付き従うのみならず、他にも仕事がある。従者が耳打ちをすると、その場を中座して会議の場から出て行った。

 女性ばかり、ホムラ以外は気心の知れた仕事仲間だ。精霊とはいえ、部外者たるホムラの存在は半分無視で、休憩に茶を淹れ、雑談を始める。

 話は子どもの話をはじめとした家族についての相談や愚痴が多く、ひとりで生きる精霊にはついていけなかった。

 女たちはあまりに早口だ。話題の転換も唐突である。

 レイニがいない今、ホムラにできることは、ただひたすら威厳に満ちた態度で頷くことくらいだった。

「レイニ様が精霊様を喚んでくださったから、ナパールは安泰ね」

 褒められれば嬉しくて、ホムラはにや下がりそうになる頬を引き締めた。

 レイニは積極的に民の生活と関わり、彼らの相談に乗る。無愛想に見えるが、まめで、よく気がつく男だ。彼が素晴らしい男なのは、ホムラが一番知っている。

「あとはレイニ様が、よい奥方様をお迎えして、お世継ぎができればよいのだけれど」

 レイニが褒められるのを頷きつつ聞いていたホムラだったが、「奥方」「お世継ぎ」という言葉に、顔を上げた。女たちはホムラの反応に気づかず、どんどん話を進めていく。

「お館様が、いいように整えていらっしゃるわよ」

「海に近い、ティリア族のお姫様との縁談が進んでるって聞いたわ」

 南部の自由国家連合は、多数の民族がそれぞれ自治を行っている。ナパールの領は、国土の中央部に位置しており、海は遠い。

「ええ? そうなの? うちの子もらってほしかったんだけど……」

「あんたんちのお転婆娘は、まだ七つだろ!」

 育つのを待ってたら、レイニ様がじいさんになっちまうわよ!

 逞しい女たちは、どっと笑う。

 中には、生まれて一年に満たない赤ん坊を連れて会合にやってきている者もいた。うとうとしていたのを、母たちの笑い声で起こされた赤子は、一瞬目をぱちっと開いたかと思うと、不機嫌さ丸出しで、「うぎゃあ」と泣き始めた。

「ああ、ごめんごめん」

 母親が赤ん坊を抱き上げ、「よしよし」と一定のリズムで揺らし、あやしているのを、ホムラはじっと見つめた。

 精霊には、親も子もない。火の精霊はマグマの底から、水の精霊は湖の泡から勝手に生まれる。役目を終えたと判断した精霊は、資「始まりの場所」へと還っていき、また新たな精霊が誕生する。

 視線の先の赤ん坊は、母の手によって落ち着きを取り戻した。この子が大人になるのだということが、ホムラの頭からはすっぽ抜けていた。

 彼ら人間にとっては、血が重要なのだ。自らの血を後世に伝えていくために、男は女とつがい、子を成し育てていく。

 あくせくと働く庶民ですら、そうだ。ナパールの族長の直系という立場であるレイニが、妻を娶り子を作るのを、皆が望んでいる。

「でもさぁ、レイニ様は御巫として生きると決めてらっしゃるんでしょう?」

「そんなのあんた、きれいな女に迫られれば、レイニ様だって……ねぇ?」

 レイニ様だって、御巫である以前に、男なんだから。

 下世話な話にもやもやして、ホムラは立ち上がった。ようやく精霊の存在を思い出した女たちは、「精霊様、どちらへ?」と、今更声をかけてくる。少しばつが悪そうだ。

 ホムラは唇に薄く笑みを浮かべた。精霊王がやれば様になる表情なのに、自分のはどうも、引きつっているような気がした。

「……少し、外の空気が吸いたくなった」

 ホムラ程度の微笑でも効果はあったらしく、一同は立ち上がり、退出するホムラに一礼した。

 ちょうど戻ってきたレイニと鉢合わせた。ホムラが外にいるのを見ると、彼は素早く女たちを解散させ、ホムラに付き従った。

 今日は農業に携わる女だけじゃなく、狩猟を行う男たちの話も聞くことになっていたからだ。

「気のいい連中ではありますが、やや粗暴なところがありますので、不快な思いをされるかもしれません」

 と言われていたが、事前にレイニが強く言ってくれていたのだろう。男たちは比較的行儀よく、ホムラに向かってあれこれと意見を述べた。

 ここでもまた、レイニはホムラの傍を離れた。精霊にも聞かせたくない話というのは、いろいろあるに違いないから、黙って見送る。

 暇を持て余したホムラは、近くにいた狩人に声をかける。十代後半くらいの若い男は、最近森に入るのを許されるようになった新人だった。

「あの木の実は食えるのか?」

 急に話しかけられた男は、おどおどしつつもホムラの指す方を見る。高い木の上の方の枝に、鈴なりになっている小ぶりな赤い果実を、小鳥が突こうと狙っている。

「ええ。まだ少し固いかもしれませんが。よろしければ、お取りしましょうか?」

「いや、いい」

 青年の申し出を短く断り、ホムラはするすると木を登った。実体化したとはいえ、精霊の身体は軽く、力も並の人間より強い。レイニよりも細腕だが、力比べはいい勝負になるのではないか、と自負している。

 あっという間に実のなる枝まで登りつめたホムラを、青年は呆気にとられて見上げている。

「お、ごめんな。ちょっとだけ分けてくれ」

 先客である小鳥に謝りながら、ホムラは実をもごうとする。

『そっちよりも、こっちの方があーまいよ』

 ピチチ、という鳴き声が教えてくれたほうに手を伸ばし、それから齧りついた。

 精霊界なら、食べなくても生きていけるが、ここは人間界。きれいな水と、木の実や野菜など、肉以外の食べ物をわずかにでも摂る必要があった。

「うーん。うまいな」

 ベタベタになった指を、行儀悪く舌でぺろりと舐めてきれいにしてから、ホムラは行きに劣らぬ速さで木から降りた。

 ぽかんとしている青年を見て、「なんだこいつも欲しかったのか」「レイニにも採ってきてやればよかったな」と思ったホムラに、彼は「精霊様!」と、ひれ伏した。

 突然のことに驚き、反応が遅れたホムラの手を取った青年は、

「どうかお願いがございます!」

 と、叫ぶ。

 人間のことを愛し、大切に思っているホムラは、彼らの願いならばすべて叶えてやりたいと思っている。

 平静を取り繕い、まずは話を聞いてやるのだった。

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