文也(終)

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<「明美」2話

 理が何かを画策していることは、実は早いうちから気がついていた。高校から帰宅すると、珍しく父と内緒話をしていたから、おや、と思ったのがきっかけだった。

 母は弟を、父は文也を可愛がるという分担が出来上がっていたから、不思議な取り合わせだと思って、観察していたのだ。

 今よりもずっと、表情豊かな子供だった理は、文也には嘘がつけなかった。なんか隠してる? と尋ねても、頑として首を縦に振らない強情なところがあったが、文也にはすべてお見通しだった。

 もしもあのとき、「実はね」と父がしようとしていることを告白していたら、文也も理も歪むことはなかっただろう。

 父が失踪したと言われる日、彼の犯行を目撃していたのは、理だけではなかった。

 夕飯を友達の家で食べるなどとごまかしていたが、理にそんなに親しい友人がいないことを、文也は知っていた。

 きっと何かある。そう思って後をつけていった先で、父親が少女の首を絞めていた。派手な異性関係でマンション中から警戒されていた高校生であったが、物言わぬ死体になってみると、なんだかとても、純粋な子のように見えて、文也は好意を抱いた。

 理が姿を現して何事かを言うと、父親は少女の死体を引きずって、車に乗せてどこかに走り去ってしまった。

 ああ、きっと死ぬんだろうな。

 文也は、弟がにやにや笑っているのをぼんやりと眺めながら、そう思った。

 父と少女が失踪し、母が人目を避けるために実家に避難し、子供たちに旧姓を名乗らせるようになった頃から、理は変わってしまった。そして、文也もまた。

 今頃はどこかで野垂れ死んでいる父親は、自分のことを愛したまま死んだ。その事実に、文也は至上の幸福を感じた。

 幼い頃は仲のよかった両親が諍いを起こすのを見続けていた文也は、人の心に永遠などというものはないのだと思うようになっていた。

 でも、それは間違いだった。永遠は、ある。死こそ心変わりを超越する唯一の方法、救いであると文也は思った。

 だから、理の好きにさせていた。大学時代に自分を好きになってくれた子が、いやがらせを受けてノイローゼになって投身自殺を図ったときも、理が絡んでいることを、文也は疑っていなかった。

 理は文也に、永遠不滅の想いを運んでくれる天使のような存在だった。夏織やその腹の子供が死んだときも、文也は理に感謝の気持ちを禁じえなかった。

 好意はありがたかったが、その行動に問題があった百合子が死んだのもまた、理のおかげだと確信していた。

 死んでしまえば、百合子はもう、自分に迷惑をかけない。想いだけならば純粋であり、百合子を疎ましいと思う気持ちも消え去った。

『兄さんさ、夏織さんのお腹の中にいた子供は、本当に兄さんの子供だったって思う?』

 今更そんなことを電話してきた理に、文也は肯定の返事をした。苛立ち紛れに理は、「どうして」と問う。

『だって、もう夏織さんは死んでしまったんだし。彼女が僕の子だって言って死んだんだから、僕の子に決まっている』

 夏織の死によって、事実は定まったのだという文也の言葉に、理は沈黙した。文也は今までの感謝の気持ちを表現するために、理に自分の考えを打ち明けた。

『死んでしまったからこそ、僕は彼女たちのことを決して忘れないよ。夏織さんも百合子さんも、新しい誰かを好きになることなく、僕を愛し続けてくれるんだ』

『……兄さんにとって、死ぬって、どういうこと』

 文也は弟に囁いた。

『僕が相手を、相手が僕を永久に愛し続けるための、通過点に過ぎない』

 理はしばらくの間考え込んで、恐る恐るといった調子で文也に最後の質問をする。

『じゃあ、もしも俺が死んだら……俺のこともずっと、好きでいてくれる?』

 答えは簡単だった。勿論、と文也が微笑混じりに返すと、突然通話が切れた。「さよなら」も「またね」もない理のおかしな様子に、文也は胸が躍るのを隠せなかった。

 翌朝、文也は理の死の一報を、母から受けた。文也が実家に到着したときには、すでに警察が来ていて、理の身体は横たえられていた。

 その顔は、あのときの少女の顔によく似ていた。

 遺書も残さず自殺した理だが、文也にだけは、その理由はわかっていた。

 弟は、文也にもっともっと、愛してもらいたかったのだ。そのための方法は、死ぬことしかないのだと気づいてしまった。

 文也は弟の血の気のない顔を見ながら、思った。

 これからは自分の手で、愛する者を永遠に閉じ込めなければならないのか。

 ああ。理を死なせるのは、まだ早かったかな。

 文也は大きく溜息をついた。

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