高嶺のガワオタ(13)

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ライト文芸

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12話

 国立西洋美術館だとか、新国立美術館だとか、そういうメジャーな場所を外してのデートには、限界があった。

 飛天はスマートフォンを手にしたまま、深い溜息をつく。

 個人経営の小さな美術館やギャラリーは、頻繁に展示を入れ替えることはない。美術雑誌を買ってみたが、だいたいは有名美術館で開催される、目玉の展覧会の紹介に終始している。

 早くも策が尽きてしまった。今日中に連絡をしないと、週末のデートは叶わないだろう。女子にはあれこれ、男以上に準備が必要なのだ。たぶん。

 男性誌のデート特集を見ても、飛天には何の参考にもならなかった。どこもかしこも、人混みが予想される。そんな場所、行けるはずがない。

 夕食後のまったりとした時間、飛天はソファに身体を完全に預け、だらっとしている。母親は後片付けをしており、父はまだ帰宅していない。

 相も変わらず、ニートのくせに家事すらしない飛天に、妹は険しい目を向ける。知ったことか。今の自分には、風呂を掃除することよりも、次のデートで映理をどこに誘うかの方が重要なのだ。

 視線で訴えても効果がないことを悟り、水魚は深々と溜息をついた。呆れを隠そうともしない、潔さだった。

 それから彼女は、スマートフォンを手に取ると……なぜかみるみるうちに表情を変えた。

「はぁ?」

 自分に対して言われたような気になって、飛天はたちまち身を起こし、両足を揃えて手は膝の上に置く。借りてきた猫、よその家にお呼ばれした坊ちゃんスタイルである。

 妹は高速の指さばきでメッセージを打ち込んでいる。何通かやり取りをした後、トークでは埒が明かないと判断したのか、彼女は電話をかけ始めた。

「ちょっと! 週末また野球ってどういうことよ!?」

 もしもし、も水魚だけど、の前置きもなし。ド直球で水魚は相手を責め立てた。相手の声は飛天の耳には聞こえない。いったい誰だろう。

 緊張したままの飛天に、家事が一段落した母が、こっそりと告げる。

「水魚の彼氏」

「彼氏ぃ?」

 飛天はまじまじと、電話越しに口論を続ける水魚を見た。

 確かに大学に入って化粧を覚え、以前とは見違えるほど美人になったのは、間違いない。だがそうか、あんな妹でも好きになってくれる相手がいたのか……。

 飛天が失礼な考えを抱き、感心していると、母は息子の心を読んで言う。

「言っておくけど、付き合ってもう三年になるからね」

「はい?」

「お父さんも知ってる」

 知らぬは己ばかり。

 飛天は改めて、妹を見た。眉を吊り上げてぎゃんぎゃん吠えたてている水魚に、付き合って三年になる彼氏がいる。

 高校に入ったばかりくらいのタイミングで、恋人ができたということか?

 俺、まったく聞いてないんですけれど……。

 家族の中で一人だけ知らされていなかった事実に愕然とする。普通、こういうのって、父には内緒……なのではないのか。

 いや、よく考えれば飛天だけ知らないのは、当たり前なのだ。三年前といえば、ちょうど飛天が引きこもるようになった時期のこと。訳もなくイライラして家族に当たり散らすような兄に、彼氏を会わせようとは思わないだろう。

「会ったこと、あんの?」

「え? ええ、そうね。遊びに来てくれたことも、あるわね……」

 ソファは三人掛け。まだまだ余裕があるにも関わらず、母は飛天の隣に腰を下ろすことなく、立ったままだ。

「……ったく」

 好き放題喚き散らして気が済んだのか、水魚は通話を切る。

「お前、あんな怒鳴って彼氏に振られても知らないぞ」

 基本的にやりこめられてばかりなので、ちょうどいいネタを見つけたと、飛天はからかう。

 だが、妹は飛天の三倍は口も回るし、頭の回転も速い。

 ギロリと睨みつけてきて、

「まともなデートプランも立てられないお兄ちゃんには、何にも言われたくない」

 と、返り討ちにされた。

「な、ななんでわかるんだよ」

 しまった。言い当てられて動揺を隠せない。妹はにやにやしている。

「リビングに雑誌放置していくから」

 最近は自室よりも、リビングにいる時間の方が長い。雑誌を何冊か持ち込んでパラパラ捲り、そのまま忘れて自室に戻ることがあったのは確かだが、ただのファッション誌だ。なぜ、デート特集ばかりチェックしているとわかる。

「本の端っこ折るの、悪い癖だからやめたら~?」

 飛天が誰かに好意を寄せていることは、水魚には見え見えで、デートの行き先に頭を悩ませているのも丸わかりだった。

「男子高校生丸出しじゃん」

「悪かったな!」

 リアルタイムで男子高校生だったときには、デートなんてしている暇はなかったんだから、仕方がないだろう!

 逆ギレする飛天は、まさかと思って母を見た。不自然に顔を逸らしている。

「母さんまで……」

 品川家の女性陣に、生暖かい目で恋をこっそり応援されていたことを知り、飛天はクッションをぎゅう、と抱きしめて顔を隠した。

14話

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