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<17話
週末のどちらかは潰れるし、平日は平日で、映理の方が大学の講義がある。なので、この一か月、ほとんど映理とは直接顔を合わせていない。
ひとつ進歩があったとすれば、電話でのやり取りが増えたことだ。文字に残るトークアプリでの対話は、飛天は必要以上に身構えて、時間がかかってしまう。映理も映理で、メッセージを頻繁に交換する友人があまりおらず、実は筆不精なタイプだった。
身体を鍛え、バイトを始めて、少しだけ自信が回復した飛天が電話で話をしようと持ちかけると、映理は二つ返事で了承した。
『電話が好きじゃないって人もいますけど、私は好きですね』
「そうなんだ?」
毎週のように、いや、毎日のように二人は寝る前に電話で話す。かけるのはどちらか、とかは決めていない。話したいと思った方がかける。それは自然な流れだった。
『遠く離れているはずなのに、直接会って話しているときよりも、声が近くに感じられるときって、ありません?』
飛天はドキッとした。言葉通り、彼女の言葉は直接対面したときとは違い、耳の中に直接届けられる感じがする。おまけに意識してか無意識か――おそらくは後者だろう――、吐息とともに囁いてくるものだから、たまらない。
どう反応すべきか困った飛天の耳に、次に届いたのは、映理の笑い声だった。
『……なんて、いつもと違う電話越しの声を聞くのも楽しいからですよ』
「はは……」
思わず乾いた笑い声が出た。
映理は、「この子、俺のことがひょっとして好きなんじゃないか?」と匂わせるような態度を時たま取る。
飛天は彼女に翻弄されながらも、決して勘違いしないようにと自分を戒めている。
映理は天然なだけだ。飛天が調子に乗ってキスやその先まで遂げようとすれば、心地よい仮の恋人関係はすぐに破綻する。
飛天はまだ、真っ向から彼女に「好きだ」と言うことができない。告白されて振る側しか経験したことがないため、まだ振られる覚悟ができていない。
そう、振られるのだ。この恋は結局、実らない。飛天は確信している。
東丸家のことは、ネットで調べればいくつも情報が出てくる。祖父が会社の会長で、父が社長。父方の親戚は皆、本社の重役や関連会社の社長である。見事なまでの世襲企業だった。
対して母方の親族も、名門中の名門だった。男は代々、東大に進み、官僚から政治家に転身する者が多い。一般家庭育ちの飛天には、想像もできない。
おそらく、東丸の家はすでに、映理の結婚相手を見繕っている。一人娘だから、婿養子を取る可能性が高い。
会社のために、家のために働く有能な婿殿を求めている。芸能界での仕事しかしたことがない飛天は、候補にも挙がらないだろう。
『そういえば、そろそろデビューできそうですか?』
映理は飛天のバイト先の話を聞きたがる。これまでは見に行くだけだったヒーローショーの、中の人と知り合いになれたのだ。根掘り葉掘り聞きたくて仕方がない。わくわくした気持ちを隠そうともしない。
「うーん。もうそろそろだと思うんだけど」
最初は筋肉痛に苦しんだが、今はスムーズに身体が動く。それに、高岩に褒められることも増えてきた。
後はタイミングの問題だ。飛天が撮影会で代理を務めたときのように。いや、誰かが怪我をするのを待っているわけではないが、とにかく、何らかのきっかけがあれば、デビューは遠くないと感じる。
『早く会いたいです』
またこの娘は、思わせぶりなことを言う。
「会いたい」ではなくて、「早くショーが見たい」が本音だろう。
それでも飛天は映理の言に乗った。少しでも、彼女に自分のことを意識してほしくて。
「俺も。俺も、早く会いたい」
と。
>19話
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