高嶺のガワオタ(21)

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ライト文芸

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20話

 すべてのショーが終了して、後片付けも終わり。一部の人間を除いて現地解散のため、飛天は映理と待ち合わせていた。

 彼女が指定してきたのは、近くにある喫茶店だ。メジャーなチェーン店ではないあたり、飛天のこれまでの傾向に合わせてくれているということがわかる。

 マスクと眼鏡を着用した飛天が店内を見回すと、彼女は一眼レフカメラを覗き込んでいた。

 そう、一眼レフのデジタルカメラなのである。運動会のときに親が子供を一生懸命に追いかけ、撮影するやつだ。

 初めて会ったとき、彼女が首から下げていたのは、あんないごついカメラじゃなかった。きれいなピンクのコンパクトカメラは、どこへいった。

 まさか、買ったのか? わざわざ? 俺の(演じる役の)ために?

 心臓がドッドッ、と嫌なリズムを刻む。飛天はテーブルに近づいて、「お待たせ」と言うが、声がひっくり返ってしまった。

「お疲れ様です、飛天さん」

 ニッコリ笑顔で席を勧めてくる映理は、すぐにメニューを手渡してきた。

「お腹空いてますよね? 何か食べますか?」

「ああ、いや、うん……」

 着ぐるみは重い。着ているだけで汗だくになり、疲弊する。当然腹の虫は鳴いているが、飛天は不安と重圧から食べる気にならず、コーヒーだけ頼んだ。

 テーブルの上に置かれた一眼レフカメラが、視界の端に入る。どうしても気になる。今日のショーも何枚も写真を撮ったのだろう。そこに飛天はいないのだが。

「あの……今日なんだけど」

 切り出したのは飛天からだった。映理がどれほど楽しみにしていたのかを知っているからこそ、感想を聞かないのは不自然だ。

 大丈夫だ。落ち着け。自分がショーに出ていなかったことなんて、彼女にわかるはずもない。

 だが、映理はあっさりと言ってのけたのだった。

「飛天さんは、うさぎさんでしたね」

 見事に看破されていた。コーヒーカップを持っていた手が震え、このままだと落としてしまいそうだった。一度ソーサーの上に戻して、動揺を悟られまいとする。無駄なあがきというやつである。

「な、なんで?」

「ショーには出てなかったですから。消去法です」

 いやだから、ショーに出ていなかったなんて、どうしてわかるのか。そういえば、初対面のときも、自分がウルトラマンの中に入っていたことを彼女は見抜いていたな。どんな魔法を使って見分けているのか、ぜひとも教えてもらいたい。

 騙したな、と気分を害している様子はなく、映理は微笑みを浮かべて、今日のショーの感想を述べている。

 本当は、自分のこととして受け取るはずだった賛辞を、飛天はただ黙って聞いた。その誉め言葉は、自分に対するものではない。耳の表面を滑るだけで、頭には入ってこなかった。

「うさぎさんも、よかったですよ」

 最後に取ってつけたような感想を言われて、飛天は肩を落とした。慰めてくれなくてもいいのに。

「どこが」

「子供たちがずっと笑顔で近づいていったじゃないですか。泣いてた子も、飛天さんがあやしてあげたら、泣き止んだりして」

 飛天は、今日一番驚いた。映理がまさか、ショーだけじゃなくてうさぎの着ぐるみにまで注目して、きちんと見ていたなんて。

 彼女はカメラのモニターを飛天の方に向けて、差し出した。そこにはピンクのうさぎが映し出されている。

「私が特撮好きになったきっかけって、お話しましたっけ?」

 映理の問いかけに、飛天は首を横に振った。

 彼女は語る。

 最初は特撮なんて、嫌いだった、と。

「嫌い、だったの?」

 意外な始まりに、飛天は思わずおうむ返しになる。

「だって特撮って、男の子のためのものじゃないですか」

 子供の頃の映理にとって、特撮は野蛮で幼稚な男児が好む、暴力的な番組に過ぎなかった。怪獣ごっこやヒーローごっこに巻き込まれて、映理は何度も痛い目を見たという。

 ずっと偏見の目で見てきて、評価の高いハリウッド作品であろうが、何としてもヒーローが出てくる映画は、身に行かなかった。

 転機が訪れたのは、高校のときだった。つい最近のことなのに、ずいぶんと昔の作品にも詳しいんだな、と呟く飛天に、映理は照れ笑いする。

「勉強しましたからね。学校の勉強よりもずっと」

 彼女なりのジョークなのかもしれないが、飛天はなんと言えばいいのかわからなかった。

「高校のとき、ショッピングモールでたまたまヒーロー撮影会をやってたんです。勿論、興味なんてないからスルーしようとしたんですけど」

 通り過ぎようとしたとき、赤ちゃんの泣き声が聞こえたという。大きな音が聞こえると、そちらに視線を向けてしまうのが人の常。映理もなんとはなしに、泣き声の方に目をやった。

 母親に抱かれた赤ん坊が泣いている。その前で、両手を顔の横にパッと出して首を傾げ、あやしているヒーローがいた。

 表情が変化することのない仮面は、無機物だ。けれど、そうやって子供が泣くのに困惑して、なんとか笑わせようとしているヒーローには、確かに感情があった。生き物だった。

「そう感じたら、いつの間にか私は、撮影会の列に並んでました。戸惑う私を、彼は優しくエスコートしてくれたんです」

 それまでの暴力的なイメージがひっくり返った瞬間だった。映理はそれから、避けていた特撮ドラマを見始めた。

「そうしたら、面白くって」

 通常の連続ドラマはワンクール、三ヶ月で完結する場合が多い。特撮番組は放送時間は三十分だが、一年の長きにわたってストーリーを描く。

 一人の脚本家、一人の監督がずっと担当するわけではない。張った伏線が回収されないこともあれば、話によってキャラの性格が違うなどという、稚拙な面もある。

 それでも映理は惹かれた。見れば見るほど、無表情な仮面のヒーローが苦悩して戦い、成長していく姿を美しいと思った。

 昨今、巷でよく言われるような「イケメン俳優の登竜門」としてではなく、純粋に戦う男たちの虜になったのである。

「私にとってのヒーローは、子供たちを笑顔にできる存在なんです」

 これはすぐに消しますけど。

 彼女はそう言って、カメラを操作した。飛天に改めて向けられたモニターには、満面の笑みに囲まれた着ぐるみが映っている。

 黒いプラスチックの瞳は、何も見えていないはずなのに、子供への深い慈しみが表れているような気がする。

 中に入っていたのは自分なのに、なんだか不思議な感覚だった。

「だからね、飛天さん」

 カメラを持つ飛天の手に、そっと彼女の柔らかな手が重ねられた。咄嗟に身体が固まるタイプの驚きでよかった。温かな体温に、頬に熱が集まっていくのがわかる。

「あなたは今日、とってもヒーローでしたよ」

 慰めのための軽口ではなくて、本心で思っているのだということが、触れる指から伝わってくる。

 飛天は何を言えばいいのかわからずに、ただ黙って頷くのみだった。

22話

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