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<29話
あくまでも噂だ、と前置きしたうえで次郎が言ってのけたのは、中野太陽率いる特技研の最近の噂だった。
『某有名監督の真似をして、最近はきわどいショットばかり狙ってるって噂が……』
専門学校時代の知り合いの伝手を辿り、確認してみると彼は言った。
飛天はこうしてはいられない、とその足で大学に向かう。特撮技術には費用を割くが、それ以外のシーンは近場で済ませようとする太陽は、基本的にキャンパス内の施設を利用して、撮影をしている。
行ってみると、やはり広いキャンパスの一角、ちょっとした林になっている場所に、撮影団がいた。
「ようい……アクション!」
映理の衣装は、本人の私服とはかけ離れている。裾の長いシャツに、ショートパンツを合わせている。見る角度によっては、シャツの下に何も履いていないように見える。
動きやすいように、と理由付けされていたが、次郎から警告を受けた今となっては、それを真に受けた自分を殴りたい。太腿も露に、映理は襲ってきた人間を相手に戦う。
すぐにでも飛び出して、撮影を中止させたい。飛天は自分の内にある衝動を殺して、ただじっと、黙って見つめていた。撮影団は、誰も飛天の存在に気づいていない。
現行犯じゃなければ、取り押さえられない。カメラを持った太陽が妙な動きをしたら、すぐにでも……。
飛天の警戒をよそに、撮影は順調だった。相変わらず演技は稚拙ではあるが、飛天は次第に、彼らが目には見えない何かを、共通して見ていることに気がついた。
それが何なのかわかったのは、「怪獣入りまーす」の声とともに、のそのそとやってきた着ぐるみを見てからだった。
林を出て、開けた場所に出る。カメラチェックを入念に行っている。アングルはありえないほど下からだった。
そうか。彼らが見ていたのは、怪獣だった。
ヒロインの心にシンクロした怪獣は、恐怖心から暴れまわる。グロテスクな怪物から逃げるべく、皆が一定の方向をちらちらと見ながら、演技をしていたのだ。
怪獣の着ぐるみの造形は、細部が作り込まれており、こだわりが見え隠れしていた。無機物であり、有機物。映理が以前言っていた言葉を、改めて思い出す。
飛天はようやく、太陽の考えを理解した。
彼の中では、究極的には人間の演技力なんて、どうでもいいのだ。ただ、全員が怪獣を意識して、その引き立て役に回ること。それさえ徹底していればいい。
だから映理は、ヒロインは自分であって、主人公は自分ではないと言った。
主役は怪獣。これは絶対だったから。
撮影が途切れたら、映理に謝ろう……そう思って見守っていた、その時だった。
モニターを真剣な目で見つめ、怪獣の姿を確認している映理の背後に、男が近づいた。ボロボロのマントを着ているので、それが守護者役の青年であることは、すぐにわかった。
男が映理の背後に立つと、長いマントが彼女の身体をすっぽりと覆い隠す。死角が生まれた。そこに、そっとやってきたのはカメラを持った男。太陽ではない。
そしてそのカメラは、ローアングルでマントの陰に潜り……。
「何してんだ!」
撮影に集中している、緊迫した空気を貫いたのは、飛天の怒声だった。硬直した一団をよそに、飛天は男に近づき、カメラを取り上げる。
画像を消されてはいけない。証拠保全だ。
案の定、マントを隠れ蓑にして映理の股間のアップを撮影していた。白い太腿が接写されている。
頭に血が上がるが、飛天はぐっと抑えて、証拠を太陽に渡した。
「飛天さん……? どうしてここに……?」
不思議そうにしている彼女に、自分が性被害に遭ったことを教える気はなかった。
太陽は飛天に手渡されたカメラを見て、事態を悟る。
当然、その日の撮影は中止となった。
>31話
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